大津留克明
大津留克明(別名・パパ大津留、1945年3月11日[1] - )は、ジャズトロンボーン奏者。青森県弘前市生まれ。「ジギングのパパ」とも呼ばれる。
| 大津留克明 | |
|---|---|
| 出生名 | 工藤克明 |
| 別名 | パパ大津留 |
| 生誕 | 1945年3月11日(79歳) |
| 出身地 |
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| 学歴 | 青森県立弘前高等学校 |
| ジャンル | ジャズ |
| 職業 | 歌手、トロンボーン奏者、作曲家、漁師 |
| 担当楽器 | トロンボーン |
| 共同作業者 | スマイリー小原とスカイライナーズ |
| 公式サイト | http://www.papasinn.com/ |
来歴
高校生の頃より吹奏楽部に所属、トロンボーンを演奏を目指して昭和38年に上京。音楽学校を中退しジョージ川口&オールスターズのオーディションを受け合格(大津留の芸名は当時の仇名から)、ジャズミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせる。その後、スマイリー小原とスカイライナーズに6年間在籍。さらに豊岡豊&スイングフェイスを経て、自己のバンド「オークション」「エボニー・ファンクショップ」「オールディーズ・ブルースキャンペーン」を結成(その頃からパパと呼ばれる)。ライブ演奏の傍ら、音楽番組や劇場音楽の作編曲者として活動する。その後、八丈島に転居、釣り人の為のペンション「パパズイン」を開業。ジギングのプロアングラーとしてメディアに登場。ミュージシャンとしての独特のスタイルから、1998年ビデオ「ジギングはリズムだ!」を発売、ルアーフィッシングでのジギングブームの先駆けとなる。今では、ルアーフィッシング界のレジェンドとも言われる。
2005年には、エッセイ集八丈島より愛をこめてを発売、その後は執筆活動も。その後、東京都内のライブハウス等でのコンサート、八丈島でのライブコンサートなど演奏活動も行っていて、まだ作曲家としての活動もしている。
脚注
- “大津留克明|village”. 2017年5月閲覧。
外部リンク
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