大爆笑
『大爆笑』(だいばくしょう)は、1966年7月10日から1967年1月1日まで日本テレビ系列局で放送されていた日本テレビ製作の演芸番組である。その後も1967年1月8日から同年10月8日まで『お笑いサンデー寄席』(おわらいサンデーよせ)と題して放送されていた。共にカラー放送である[1][2]。
| 大爆笑 | |
|---|---|
![]() 番組の収録が行われていた後楽園ホール | |
| ジャンル | 演芸番組 |
| 出演者 | 4代目桂米丸 |
| 製作 | |
| プロデューサー | 馬場(名字のみ明記)[1][2] |
| 制作 | 日本テレビ |
| 放送 | |
| 映像形式 | カラー放送[1][2] |
| 音声形式 | モノラル放送 |
| 放送国・地域 | |
| 大爆笑(1966年9月まで) | |
| 放送期間 | 1966年7月10日 - 1966年9月25日 |
| 放送時間 | 日曜 19:00 - 19:30 |
| 放送分 | 30分 |
| 大爆笑(1966年10月以降) | |
| 放送期間 | 1966年10月2日 - 1967年1月1日 |
| 放送時間 | 日曜 19:30 - 20:00 |
| 放送分 | 30分 |
| お笑いサンデー寄席 | |
| 放送期間 | 1967年1月8日 - 1967年10月8日 |
| 放送時間 | 日曜 19:30 - 20:00 |
| 放送分 | 30分 |
概要
寄席ブームの最中にスタートした日曜ゴールデンタイムの演芸番組で、4代目桂米丸が司会を担当。収録は一貫して後楽園ホールで行われていた[1][2]。
当初はトリオ漫才の流行に合わせて漫才トリオばかりを招いていたが[3]、次第に漫才コンビや漫談家や落語家なども招くようになった。それに伴い、番組は「寄席」の字を冠したタイトルに改めたが、1967年4月からはプロ野球ナイター中継の影響で休止することが多くなった。当時は土曜・日曜のナイター中継が平日版よりも30分長く、19:30 - 21:26に行われていたためである。
放送時間
いずれも日本標準時。
- 日曜 19:00 - 19:30 (1966年7月10日 - 1966年9月25日)
- 日曜 19:30 - 20:00 (1966年10月2日 - 1967年10月8日) - 途中、1967年1月8日放送分をもって改題。
脚注
- 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、468~9頁。NDLJP:11954641/250。
- 日本テレビ放送網株式会社 社史編纂室『大衆とともに25年 沿革史』日本テレビ放送網、1978年8月、470~1頁。NDLJP:11954641/251。
- 『東京新聞』東京新聞社、1966年7月10日付のラジオ・テレビ欄。
関連項目
| 日本テレビ系列 日曜19:00枠 | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
明星スター十番勝負
(1966年5月1日 - 1966年6月26日) |
大爆笑
(1966年7月10日 - 1966年9月25日) |
|
| 日本テレビ系列 日曜19:30枠 | ||
サマー・フォーク・フェスティバル
(1966年7月3日 - 1966年9月18日) 【日曜19:00枠へ移動】 |
大爆笑
(1966年10月2日 - 1967年1月1日) ↓ お笑いサンデー寄席 (1967年1月8日 - 1967年10月8日) |
チック・タックの武蔵と小次郎
(1967年10月15日 - 1968年3月31日) |
お笑いサンデー寄席に関するカテゴリ:
- 1967年のテレビ番組 (日本)
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