大錦中
概要
天智天皇3年(664年)2月9日の冠位26階の制で、大花上と大花下の2階を大錦上、大錦中、大錦下の3階に改めて設けられた[1]。かつて大化3年(647年)の制度に大錦という冠位があって、大化5年(649年)に大花上と大花下に分割された経緯があり、大錦中などはその名を復活継承したものである。
叙位された人物
『日本書紀』に見える大錦中の人物には、天智天皇元年(662年)の安曇比羅夫がいる。百済救援のため豊璋を本国に送った大将軍で、前年の斉明天皇7年には前将軍・大花下として百済に進発した[2]。しかし大錦中は2年後に制定されたもので、この時点では相当するものもない。後に授けられた冠位をさかのぼらせて書いたかと思われる。
関連項目
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