大鏑神社
大鏑神社(おおかぶらじんじゃ)は福島県郡山市熱海町にある神社である。元日や4月と10月の例大祭で奉納される神楽は氏子らにより保存会が設立され、当神社だけでなく、郡山市内や周辺各地の神社の祭などでも奉納される[1][2]。
| 大鏑神社 | |
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| 所在地 | 福島県郡山市熱海町安子島字町164 |
| 位置 | 北緯37度28分33秒 東経140度18分23.2秒 |
| 主祭神 | 大山咋神、天知迦流美豆比売神 |
| 創建 | 天養元年(1144年) |
| 例祭 | 4月9日、10月第2土曜日 |
歴史
寛治3年(1089年)、後三年の役で安倍貞任を討つため[3][4]安積地方を通りかかった源義家は、この地で大蛇が暴風雨を起こして農民が困っているのを知り、家臣の鎌倉権五郎景政に大蛇の退治を命じた。景政は五本の鏑矢を射て、一本目が竹ノ内在家、二本目が安子嶋村、三本目が早稲原村、四本目が福原村(郡山市富久山町の豊景神社周辺)、五本目が船津村(郡山市湖南町)に落ちた[5]。そして、そのうちの一本が大蛇の頭に当たり、大蛇はのたうち回りながら舟津で力尽きた[3]とも、雲の上から福原(蛇壇の碑付近)に落ちた[5]とも言う。
その後の天養元年(1144年)、安積郡の農民が景政に感謝し、二本目の鏑矢が落ちた地で「御霊宮」を建ててその霊を合祀して村内安全を祈ったのが始まり[3]。
神楽
元日の元旦祭や4月9日、10月第2土曜日の例大祭で神楽殿にて演じられる。演目は以下21座。
- 清祓の舞
- 天地開闢の舞
- 玉鉾の舞
- 四方堅の舞
- 御神囃の舞
- 扇の舞
- 太刀舞
- 榊舞
- 白杖
- 四神祭
- 思兼神
- 灯明
- 磐戸
- 天狐
- 大散供
- 稲刈
- 餅搗
- 事代主の舞
- 諏訪鹿島の舞
- 倭姫の舞
- 大平の舞
交通
脚注
- 活動内容 | 大鏑神社十二神楽保存会
- 「さくらまつり」のご案内(4月3日 - 4月24日)|新着情報一覧|東北のお伊勢さま|開成山大神宮
- 神社由緒より
- 安倍貞任の討伐は永承6年(1051年)から康平5年(1062年)にかけての前九年の役であり、伝承が誤っている可能性あり
- 『郡山の伝説』郡山市教育委員会 より
関連項目
- 豊景神社 - 伝説で四本目の鏑矢が落ちたとされる場所にて創建
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