大阪連続バラバラ殺人事件

大阪連続バラバラ殺人事件(おおさか れんぞくバラバラさつじんじけん)とは、1985年(昭和60年)5月から1994年(平成6年)3月までのおよそ9年間、大阪府大阪市で4人の女性と1人の少女が殺害された事件。少女以外の遺体はすべてバラバラにされた(バラバラ殺人)[3]。

大阪連続バラバラ殺人事件
正式名称 警察庁広域重要指定122号事件[1]
場所

日本の旗 日本・大阪府大阪市(殺害現場:西成区聖天下〈前半3件〉および浪速区恵美須西〈後半3件〉)[2]

日付 1985年(昭和60年)5月下旬ごろ[3] - 1994年(平成6年)3月下旬ごろ[3] (UTC+9)
攻撃側人数 1人
死亡者 5人
犯人 男K(犯行当時44歳 - 53歳)
対処 加害者Kを逮捕・起訴
刑事訴訟 第一審・控訴審:死刑判決(上告棄却により確定 / 執行済み)
管轄 大阪府警察・奈良県警察など[1] / 大阪地方検察庁

一連の連続殺人事件は警察庁により1995年(平成7年)6月12日付で「警察庁広域重要指定122号事件」に指定された[1]。事件当時、大阪府警察は本事件を「グリコ・森永事件と並ぶ最重要課題」と位置付けて捜査した[4]。

事件

加害者の男K・Yは1940年(昭和15年)7月10日生まれ[5]・愛媛県大洲市出身[6]。旅館経営者の息子として生まれ、地元で結婚して割り箸を旅館に卸す仕事などをしていたが、妻と死別してからは2人の子供を連れて事件の約15年前に西成区へ移住した[6]。盗品を飲食業の女性たちに破格の値段で販売して生計を立てていた。普段は温和で愛想がよく口も上手で、仕事上付き合いのあった飲食店・スナックの女性から評判が良かったが、知人たちからは「酒に酔うと金額のことで腹を立てる」「腕っぷしが強く急に怒り出す」「すぐに首を絞める癖がある」などの二面性も指摘されていた[7]。

Kは1985年(昭和60年)5月下旬 - 1994年3月下旬にかけて大阪市内の自宅で女性5人を相次いで絞殺し、遺体を山中に遺棄した[3]。この間、Kは約20軒のマンション・アパートを転々としていたが、A・B・Cの3事件では当時居住していた西成区聖天下[注 1]の同じマンションが、D・Eの2事件では浪速区恵美須西の同じアパートがそれぞれ被害者の殺害現場となった[2]。

なお、KはC事件(3件目の殺人)とD事件(4件目の殺人)の間に窃盗事件で有罪判決を受けて確定しているため、刑法第45条の規定(併合罪)[注 2]により、確定判決の前後で罪状が分割されている[9]。確定判決前の事件は甲事件、確定判決後の事件は乙事件とそれぞれ呼称する。

A事件・B事件

第1の被害者は当時46歳・主婦A(大阪市東住吉区西今川二丁目在住)で[10][11]、Aは夫と子供3人がいたが、1985年5月14日に家出してから西成区内の立ち飲み店で偽名で働いていた[12]。加害者Kは1985年5月下旬ごろに被害者Aが働いていた立ち飲み店を客として訪れ、Aを食事に誘い2人で店外に出たが[12]、自宅マンションでAに飲酒を注意したところ、反抗されたため絞殺した[3]。被害者Aの遺体は被疑者Kの逮捕後(1995年5月29日)に兵庫県神戸市西区平野町の雑木林(国道175号から西へ入った林道沿い)でバラバラ遺体として発見された[13]。

第2の被害者は当時19歳・女性B(大阪府富田林市の知的障害者施設寮生)で[14]、1985年4月16日17時ごろに施設の寮を出てから行方不明になっていた[注 3][16]。KはA殺害から1か月後となる1985年6月16日に通天閣付近で被害者Bと出会い、同日14時ごろに2人で浪速区内の寿司店を訪れた[15]。その後、KはBを自宅へ連れ帰ったが、被害者Bから小遣いとして10,000円を要求されたことに立腹し、15時ごろに室内で馬乗りになってBの首を両手で絞め、Bを殺害[17]。室内にカーペット・ビニールシートなどを敷き、部屋にあったのこぎり・包丁などで被害者Bの遺体をバラバラに切断し、段ボール箱に入れてレンタカーで運び遺棄した[17]。

1985年6月17日18時30分ごろに奈良県北葛城郡広陵町三吉の農道脇で切断された被害者Bの遺体が発見され、奈良県警察が殺人・死体遺棄・死体損壊事件と断定して高田警察署に捜査本部を設置し捜査していた[18]。一方で加害者Kは事件発覚から3か月後の1985年9月、グリコ・森永事件を模倣して「怪人22面相」の署名入りの挑戦状を高田署の署長宛てに送った[注 4][20]。一方でその後、自身の行きつけのスナックに奈良県警の捜査員が聞き込みに来たことを知って東京方面に逃げ[20]、挑戦状の消印日に使用された東海道新幹線(新大阪駅発東京駅行き)の使用済み切符を同封した釈明状を実名で送った[20]。

先述の手紙の内容は「捕まえられるものなら捕まえてみろ」などと警察を挑発する文言のほか、殺害前に被害者Bを連れて行った寿司店の名前、遺体をどの部分から切断したかなど[19]、犯人しか知り得ない情報が含まれていた[20]。奈良県警が被害者Bの足取りを捜査したところ、実際にBは遺体で発見される前に中年男性(後に加害者Kと判明)とともに浪速区内の寿司店を訪れていたほか、遺体切断の状況も「挑戦状」に書かれた内容と一致していたため、県警は「手紙は犯人からの物」として捜査していた[21]。

C事件

1987年(昭和62年)1月22日17時30分ごろ、加害者Kはそろばん塾から帰宅途中の当時9歳・女児C(大阪市住吉区在住・大阪市立墨江小学校3年生)を見かけ[22]、わいせつ行為目的で誘拐した[注 5][23]。Kは自宅にCを連れ込んでわいせつ行為をしようとしたが[8]、Cが泣き叫んだために犯行の発覚を恐れ[23]、18時ごろにCを絞殺した[22]。殺害後、Kは女児C遺体を山中に遺棄したほか、Cの自宅やCが通学していた墨江小学校に対し、計5回[注 6]にわたり「3,000万円用意しろ」などと電話して身代金を要求した[24]。

だが、近年になってこの事件だけ死体遺棄の手口が違う点、一連の事件の被害者の中でCだけが年齢がかけ離れていてKの犯行動機が不自然になる点、後述する通りに第一審で身代金要求の信憑性に疑問が生じた点、Kが控訴審でもこの事件だけは関与していないと強く主張してる点などからこの事件のみ、真犯人が別にいる可能性が浮上している[25]。

D事件

C事件後、加害者Kは1989年(平成元年)10月・1991年(平成3年)8月と窃盗罪で2度の実刑判決を受け、1993年(平成5年)3月まで刑務所に服役したが、出所後に2件の殺人を犯した[9]。遺棄現場は箕面市上止々呂美のヒノキ林で、C事件の遺棄現場付近を走る林道[注 7]を約3キロメートル南に下った場所に位置していた[26]。

1993年(平成5年)7月24日ごろ[3]、加害者Kは自宅アパートでスナック従業員の女性D(当時45歳・大阪市西成区天下茶屋東一丁目に在住)[27] から金銭支払いを求められ、両手でDの首を絞めて絞殺[28]。被害者Dの遺体をのこぎりなどで切断し、大阪府箕面市上止々呂美の山中に遺棄した[28]。

1994年4月4日[29]、E事件の遺体発見を受けて遺棄現場周囲を捜索していた箕面警察署捜査本部の捜査員が[30] E発見現場から約150メートル北側の府道脇林内で白骨死体を発見し[29]、7月24日に歯の治療痕などから身元を特定された[31]。

E事件

1994年(平成6年)3月下旬ごろ、Kは自宅アパートで飲食店員女性E(当時38歳・大阪市中央区在住)から金銭支払いを求められ、Eを絞殺[3]。Eの遺体をバラバラにして[3] 箕面市上止々呂美の山林(大阪府道4号茨木能勢線沿いのヒノキ林斜面)に遺棄した[32]。Kは盗品の洋服を破格の値段で販売していて、女性Eはなじみの客という関係だった。遺体は1994年4月3日に発見され[32]、11月4日に被害者Eと断定された[33]。

逮捕・起訴

加害者Kは1995年(平成7年)2月23日に大阪市中央区内の倉庫で段ボール箱に入った衣類を盗み[34]、同年4月に窃盗容疑で逮捕され、容疑を否認したがそのまま起訴された[21]。KはB事件の被害者が訪れた寿司店周辺の土地に詳しかったことに加え、事件当時借りたレンタカーの走行距離もBの遺体発見現場までと一致していたため、大阪府警が指紋を照合したところ、B事件の犯人から奈良県警宛に送られてきた挑戦状から検出されたものと一致した[21]。さらに被疑者Kは仕事上D・E両被害者との接点が疑われたほか[35]、B事件とD・E両事件はいずれも被害者女性の遺体がのこぎり・鋭利な刃物で頭部・胴体・両手・両脚とほぼ6つに切断された状態で遺棄されていたため[36]、1995年5月10日に大阪府警・奈良県警は連携して捜査に当たるため連続女性バラバラ殺人・死体遺棄事件の合同捜査本部を箕面署に設置した[35]。

合同捜査本部が追及したところ、被疑者Kは「Bを殺して遺体をバラバラにした」と自供したため、捜査本部は1995年5月12日に被疑者・被告人Kを殺人容疑で再逮捕した[37]。その後、KはC・D・Eの各被害者のほか[37]、まだ判明していなかった被害者Aの殺害・遺棄も自供した[38]。

刑事裁判

第一審

Kは捜査段階で、C事件における身代金要求を除きすべて犯行を認めたが、大阪地方裁判所における公判では一転して、「殺害したのは知人で、自分は遺体の遺棄などを手伝っただけだ」と無罪を主張した[39]。身代金要求の際の電話の音声は、大阪府警科学捜査研究所が声紋鑑定により「Kの声と酷似している」と結論づけていたが、弁護人は第一審の公判中に再度の鑑定を申請。鈴木松美・日本音響研究所所長が依頼を受けて声紋鑑定を実施し、1998年(平成10年)には「電話の声紋と、被告人Kの肉声の声紋は特徴点全121点のうち、約10点しか一致せず[注 8]、別人の音声と認められる」という内容の鑑定書を提出し[40]、公判でも「電話はKとは別人の声だ」と証言した[41]。また、連続殺人事件で逮捕されるきっかけとなった窃盗事件[注 9]に関しても、被告人Kは起訴事実を「身に覚えがない」と全面的に否認した[42]。

1996年(平成8年)3月13日に大阪地裁(島敏男裁判長)で連続殺人事件に関する初公判が開かれたが[3]、被告人Kは起訴事実を「全く身に覚えがない」と全面的に否認し、特にC事件については「起訴状に書いてあることはでたらめだ」と明言した[43]。

1999年(平成11年)1月8日に大阪地裁(横田信之裁判長)で論告求刑公判が開かれた[44]。被告人Kは一連の事件の途中(3件目・C事件と4件目・D事件の間)に別の窃盗罪で2件の有罪判決が確定していたため、大阪地方検察庁は刑法の規定(併合罪)[注 2]により、確定判決前の甲事件[殺人3件 (A・B・C) ]と、確定判決後の乙事件[殺人2件 (D・E) +窃盗]に分離[44]。甲事件・乙事件の双方とも、被告人Kに死刑を求刑した[44]。同日の公判で、検察官は「犯行は残忍かつ冷酷で、社会に与えた影響は大きく、動機に酌量の余地はない」「Kは反社会的な性格が顕著で矯正は不可能」と指摘し、1983年に最高裁が示した死刑適用基準に照らして「甲・乙両事件とも死刑が妥当」と主張した[41]。また、鈴木の「身代金要求の電話はKとは別人の声」とする証言については「異なった音韻を比較した箇所が多数あり、到底信用できない。捜査段階における、大阪府警科捜研の『同一人物の可能性が高い』とする鑑定方法・証言が適正だ」と主張した[41]。

第一審は1999年2月4日の第44回公判で結審し[45]、最終弁論で被告人Kの弁護人は「5人殺害はいずれも知人や別人の犯行で、Kは全く関与していない」と無罪を主張[46]。その上で「女性を殺害した知人とともに死体を遺棄したが、Kによる単独犯行ではない」「各事件の犯人と被告人Kを結びつける客観的証拠が極めて乏しく、捜査段階での自白は警察官による暴行・脅迫によって得られたもので、証拠能力はない」と主張した[45]。

死刑判決

1999年3月24日に第一審の判決公判が開かれ、大阪地裁(横田信之裁判長)は殺人5件をすべて有罪と認定し、甲事件・乙事件の双方とも被告人Kを死刑に処す判決を言い渡した[注 10][39]。ただし甲事件のうち、C事件における身代金要求(拐取者身代金要求罪)については「Kの自白がない上、電話がかかった際には既に誘拐事件が広く報道され、便乗犯の疑いがある」として無罪とした[注 11][48]。

被告人Kは判決直後に大阪高等裁判所へ控訴した一方、量刑に関しては求刑通りの判決を勝ち取った大阪地検も、「(甲事件のうち)C事件における身代金要求の事実認定を無罪としたことは証拠評価を誤った重大な事実誤認だ」と事実誤認の旨を主張し、1999年4月6日付で控訴した[注 12][51][52]。

上訴審

2000年(平成12年)10月3日に大阪高裁(福島裕裁判長)で控訴審初公判が開かれ[53]、被告人K側は改めて起訴事実のうち4件の殺人を「殺害実行犯は知人で、被告人Kの単独犯ではない」と主張したほか、1件の殺人と誘拐・身代金要求については全面的に否認した[54]。その上で「捜査段階の自白は捜査員の暴行により強要されたものだ」と主張した一方[54]、検察官は被害者女児Cの身代金要求を無罪と認定した第一審判決について「『身代金要求犯と被告人Kの声紋が一致している』とした声紋鑑定の結果は信用できる」[55]「第一審判決は証拠の評価を誤っており破棄されるべきだ」と主張した[54]。控訴審は2001年(平成13年)2月27日に結審し、同日の最終弁論で弁護人は「被告人は警察官に自白を強要された」などと第一審と同様に無罪を主張した[56]。

2001年3月27日に控訴審判決公判が開かれ、大阪高裁(福島裕裁判長)はC事件の身代金要求に関しても有罪と認定[注 13][58]。その上で一審判決のうち、身代金要求を無罪とした甲事件の判決(死刑)を破棄自判し、改めて甲事件について死刑を言い渡した[注 14][注 15][58]。また、乙事件については死刑を選択した第一審判決を支持し、(被告人K側の)控訴を棄却する判決を言い渡した[注 15][61][60]。被告人Kは控訴審判決を不服として2001年4月13日までに最高裁判所へ上告した[62]。

2005年6月6日に最高裁第二小法廷(福田博裁判長)で上告審口頭弁論公判が開かれ、弁護人は「共犯者がおり、全て被告人Kの単独犯と認定した原判決は事実誤認」「捜査段階の自白は警察官の暴行によるもの」などと主張して死刑回避を求めた[63]。同年7月8日、同小法廷は控訴審判決を支持して被告人Kの上告を棄却する上告審判決を言い渡し[注 15]、死刑が確定した[64]。

死刑執行

死刑確定者らを対象に実施されたアンケートに対し、死刑囚Kは以下のように回答していた。

  • 2008年(平成20年)7月 - 8月にかけて「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」が実施したアンケート[65] - 「国は法律で殺人を禁じているにも拘らず死刑を執行しているが、これこそ明確な殺人行為だと思えてならない。警察官・検察官が作成する調書は『こいつを犯人にしよう』との意図を持って作られたもので、法廷で『調書は真実ではない』と主張しても裁判官は聞いてくれない」(2008年8月7日付)[66]
  • 2011年6月20日 - 8月31日に参議院議員・福島瑞穂が実施したアンケート[注 16][68] - 「書きたいことが多くあるが、高血圧症で右手が使えなくなり、左手では思うようにペンが進まない。頭の中がどうかなってしまった」[69]
  • 2015年7月に福島瑞穂が実施したアンケート[70] - 「ボケ(認知症)が進行したために難しいことがわからない。字が思うように書けないことが一番辛い」[71]

法務省(法務大臣:岩城光英)の死刑執行命令に基づき、死刑囚K(75歳没)は収監先・大阪拘置所にて2016年(平成28年)3月25日に死刑を執行された[72][73]。同日には久留米看護師連続保険金殺人事件の死刑囚(福岡拘置所在監)にも死刑が執行された[73]。

脚注

注釈

  1. 西成区聖天下一丁目のマンション居室内[8]。
  2. 刑法第45条 - 「確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする」。この規定により、確定判決を間に挟んだ罪を併合することはできない[9]。同様に起訴された罪状と罪状の間に確定判決を挟んでいたため、その確定判決の前後で罪状を分割し、それぞれの罪状に対し判決を言い渡した事例には勝田清孝事件(確定判決前の事件・判決後の事件とも死刑)がある。
  3. 行方不明になった際、Bは勤務先(富田林市のクリーニング店)から知的障害者施設へ帰宅途中だった[15]。
  4. 挑戦状は1985年9月6日に高田署へ届き、消印は大阪府堺市近辺だった[19]。Kは筆跡を隠すために定規を当てながら文字を書いたほか、自宅(西成区)から離れた堺市近辺で手紙を出したが、封筒にはKの指紋が1つ残っていた[19]。
  5. この時、KはCに「住吉大社へはどう行くのか」と声を掛けて200円を渡していた[22]。
  6. うち小学校には計4回電話した[22]。
  7. Kは衣類を車で運ぶため、この林道(C・D・Eの各事件遺体発見現場沿い)や国道423号を通って京都府福知山市方面まで出向くこともあった[26]。
  8. 一般的には100点以上の一致で同一人物と認められる[40]。
  9. 同事件は1995年10月25日に大阪地裁で初公判が開かれ、その後は殺人事件の公判に併合された[42]。
  10. 同日、大阪地裁は死刑判決事件(主文を後回しにして判決理由から朗読する場合が多い)としては異例となる冒頭での主文宣告を行った[4][47]。
  11. 公判中に行われた2件の声紋鑑定について、大阪地裁 (1999) は「両鑑定とも客観性・実証性に問題がある」と退けた[48]。
  12. 死刑判決に対し、事実誤認を理由に検察側が控訴した事例としては大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件がある。同事件では主犯の被告人3人(2人への殺人罪・2人への強盗殺人罪で起訴)に対し、第一審・名古屋地裁が殺人事件1件を傷害致死事件と認定して1人を死刑・2人を無期懲役とする判決を言い渡したが、検察側は無期懲役とされた2人への量刑不当に加え、死刑とされた1人も含めて「全員について控訴しなければ、犯罪事実が被告人の間で異なることになるため放置できない」として事実誤認を理由に控訴[49]。結果、控訴審・名古屋高裁は検察側の控訴を受け入れ、第一審判決を破棄して3被告人全員を死刑とする判決を言い渡した[50]。
  13. 大阪高裁 (2001) は「逆探知も予想される公開捜査下で複数回電話を掛けるなど、便乗犯とは考えにくく、特定の言葉の言い回しで犯人とKに共通点が見られるなど、Kが犯人である可能性は極めて高く、声紋鑑定が科学的に裏付けている。Kが身代金要求の電話をかけたことに合理的な疑いはない」と指摘した[57]。
  14. 『毎日新聞』は「第一審判決を支持し、被告人K側の控訴を棄却する判決を言い渡した」と報道しているが[59]、厳密には「一審判決のうち無罪とした部分(C事件の身代金要求・検察側が控訴していた理由)を事実誤認を理由に破棄した上で、改めて(第一審と同じ量刑の)死刑を言い渡した」ものである[58]。
  15. 最高裁第二小法廷 (2005) は控訴審判決について「『第1審判決判示第1ないし第3及び原判決判示第3の2の各罪』(=甲事件)につき被告人を死刑に処するとともに、『第1審判決判示第4ないし第6の各罪』(=乙事件)につき被告人を死刑に処した第1審判決を維持した原判断」と述べている[60]。
  16. 2011年12月時点で新たな死刑確定者にも同様のアンケートを送付している[67]。

出典

  1. 『朝日新聞』1995年6月13日夕刊第一社会面17頁「大阪などの連続女性殺人、指定122号事件に K容疑者を再逮捕」(朝日新聞社)
  2. 『読売新聞』1995年5月25日大阪朝刊第一社会面31頁「バラバラ殺人 2か所でやった K容疑者が全容を供述/大阪・奈良府県警」(読売新聞大阪本社)
  3. 『朝日新聞』1996年3月14日大阪朝刊第二社会面30頁「K被告が否認『いつか事実明らかに』 女性連続殺人公判【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  4. 『産経新聞』1999年3月24日大阪夕刊第一社会面「K被告、身じろぎせず 判決言い渡し Cちゃん父親「死刑は当然だ」」(産経新聞大阪本社)
  5. 年報・死刑廃止 2019, p. 259.
  6. 『読売新聞』1995年5月13日大阪夕刊第一社会面9頁「バラバラ事件 K容疑者が5人目の女性殺害自供 10年前『六甲山に捨てた』」(読売新聞大阪本社)
  7. 『読売新聞』1995年5月19日大阪朝刊第一社会面31頁「女性連続殺人のK容疑者供述 カッとなり5人絞殺 『激高』『温厚』二つの顔」(読売新聞大阪本社)
  8. 『朝日新聞』1995年9月26日大阪夕刊第一社会面15頁「『女の子探した』 K容疑者が上申書 Cちゃん事件 【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  9. 『読売新聞』1999年1月8日大阪朝刊一面1頁「5女性殺害のK被告に死刑2件を求刑へ 事件分離し量刑判断 大阪地検が方針」(読売新聞大阪本社)
  10. 『読売新聞』1995年8月16日東京朝刊第一社会面27頁「連続女性バラバラ殺人事件 5人目の被害者は大阪の主婦と断定/合同捜査本部」(読売新聞東京本社)
  11. 『朝日新聞』1995年8月16日大阪朝刊第一社会面29頁「大阪の主婦と判明 K被告再逮捕へ 122号連続女性殺人 【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  12. 『毎日新聞』1995年8月16日大阪朝刊第一社会面23頁「警察庁指定122号事件 5人目は大阪・東住吉区の主婦 歯の特徴から断定」(毎日新聞大阪本社)
  13. 『毎日新聞』1995年5月29日大阪夕刊第一社会面15頁「近畿管区指定6号事件 神戸市の雑木林で5人目の遺体を発見」(毎日新聞大阪本社)
  14. 『中日新聞』1995年5月13日朝刊第一社会面35頁「別の殺人3件認める 奈良の女性バラバラ事件 容疑者を再逮捕」(中日新聞社)
  15. 『読売新聞』1995年5月18日大阪夕刊第一社会面11頁「バラバラ事件のK容疑者 『Bさんと出会った日に自宅で殺害』/大阪、奈良」(読売新聞大阪本社)
  16. 『中日新聞』1995年5月10日夕刊第一社会面「奈良の女性バラバラ事件 窃盗容疑の男関与か 大阪 別の2被害者とも面識」(中日新聞社)
  17. 『読売新聞』1995年6月3日大阪朝刊第一社会面27頁「女性連続殺人事件 遺体切断のノコギリ『ゴミ置き場に捨てた』 K容疑者供述」(読売新聞大阪本社)
  18. 『朝日新聞』1985年6月18日大阪朝刊第14版第一社会面23頁「奈良・広陵町 女性バラバラ死体 よそで犯行、運ぶ?」(朝日新聞大阪本社)
  19. 『朝日新聞』1995年5月15日朝刊第一社会面31頁「『怪人22面相』名乗り、高田署に挑戦状 連続女性殺人のK容疑者」(朝日新聞社)
  20. 『毎日新聞』1995年5月15日大阪夕刊第一社会面13頁「Bさん殺害事件で、K容疑者が『おれは無関係だ』と奈良県警に実名で“釈明状”」(毎日新聞大阪本社)
  21. 『読売新聞』1995年5月10日東京朝刊第一社会面27頁「10年前の奈良バラバラ事件 窃盗容疑者の指紋一致 他に殺害の3人とも接点」(読売新聞大阪本社)
  22. 『読売新聞』1995年9月26日東京朝刊第二社会面30頁「Cちゃん殺害 K被告を再逮捕/大阪・奈良府県警」(読売新聞東京本社)
  23. 最高裁第二小法廷 2005, pp. 1–2.
  24. 『毎日新聞』1995年10月18日大阪朝刊第一社会面25頁「連続女性殺人捜査に終結 Cちゃん事件でK被告を追起訴--大阪地検」(毎日新聞大阪本社)
  25. https://youtu.be/8a5UKLXwy5I?si=QS8bfr-AnokKvf0g.
  26. 『読売新聞』1995年5月10日大阪夕刊一面1頁「Cちゃん・2女性殺害 遺棄現場、大阪・豊能町の同じ林道沿い 府警調べ」(読売新聞大阪本社)
  27. 『朝日新聞』1994年7月25日大阪朝刊第一社会面23頁「一人は西成区の主婦と府警断定 箕面で発見のバラバラ死体【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  28. 『読売新聞』1995年6月13日大阪朝刊第一社会面31頁「Dさんの切断遺体 『台車で運び出した』 女性連続殺人のK被告を再逮捕」(読売新聞大阪本社)
  29. 『読売新聞』1994年4月9日東京朝刊第一社会面35頁「連続バラバラ殺人か 大阪で新たな女性死体発見」(読売新聞東京本社)
  30. 『読売新聞』1994年4月5日大阪夕刊第一社会面13頁「女性バラバラ事件 捜査で別の女性白骨体発見/大阪・箕面市」(読売新聞大阪本社)
  31. 『読売新聞』1994年7月25日大阪朝刊第一社会面25頁「箕面市のバラバラ白骨体 スナック従業員と断定/大阪府警」(読売新聞大阪本社)
  32. 『朝日新聞』1994年4月4日大阪朝刊第一社会面23頁「箕面の山中に女性バラバラ死体 府警、殺人と遺棄で捜査【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  33. 『朝日新聞』1994年11月5日大阪朝刊第一社会面29頁「西成の飲食店従業員と断定 箕面の切断死体身元【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  34. 『朝日新聞』1995年5月10日大阪夕刊第一社会面13頁「大阪の窃盗被告、奈良のバラバラ殺人関与か 手紙と指紋一致【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  35. 『朝日新聞』1995年5月11日大阪朝刊第一社会面31頁「窃盗の被告、被害者3人と接点? 奈良・箕面バラバラ殺人 【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  36. 『朝日新聞』1995年5月12日大阪夕刊第一社会面13頁「奈良・箕面、手口が酷似 同一犯?6つに切断 バラバラ殺人 【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  37. 『読売新聞』1995年5月13日東京朝刊第一社会面31頁「4女性殺害を自供 窃盗で起訴の無職男/大阪」(読売新聞東京本社)
  38. 『読売新聞』1995年5月13日東京夕刊第一社会面11頁「窃盗で起訴の無職男、『5人目』の女性殺害など自供/大阪」(読売新聞東京本社)
  39. 『朝日新聞』1999年3月24日大阪夕刊第一総合面1頁「K被告に死刑 5女性殺害で大阪地裁判決『凶悪な犯行』【大阪】」
  40. 『産経新聞』1998年8月8日東京朝刊第二社会面「身代金要求 連続殺人事件の一件 被告とは別人の声 日本音響研が鑑定」(産経新聞東京本社)
  41. 『産経新聞』1999年1月9日大阪朝刊第一社会面「Cちゃんら5人連続殺害 K被告に死刑2件求刑」(産経新聞東京本社)
  42. 『読売新聞』1995年10月25日大阪夕刊第二社会面12頁「連続女性殺人のK被告が起訴事実を全面否認 窃盗事件初公判/大阪地裁」(読売新聞大阪本社)
  43. 『読売新聞』1996年3月14日大阪朝刊第二社会面34頁「連続殺人容疑のK被告 初公判で5女性殺害を全面否認/大阪地裁」(読売新聞大阪本社)
  44. 『朝日新聞』1999年1月9日大阪朝刊第一社会面31頁「5女性殺害のK被告に死刑求刑 2件両方 大阪地検【大阪】」
  45. 『読売新聞』1999年2月4日大阪朝刊第一社会面31頁「5女性殺害事件最終弁論 K被告が無罪主張/大阪地裁」
  46. 『産経新聞』1999年2月4日大阪眺瞰第二社会面「警察庁指定122号事件が結審 判決は来月24日 大阪地裁」(産経新聞大阪本社)
  47. 『毎日新聞』1999年3月24日大阪夕刊社会面17頁「女性5人殺害のK被告に死刑 Cちゃんの遺族の姿、法廷になく」(毎日新聞大阪本社 記者:中川博史)
  48. 『産経新聞』1999年3月25日大阪夕刊総合一面「女性連続殺人 K被告に死刑 大阪地裁判決「反省欠如甚だしい」」(産経新聞大阪本社)
  49. 『中日新聞』2001年7月24日朝刊第一社会面25頁「連続リンチ殺人 殺人罪求め控訴 名地検『3被告共通の事実』」(中日新聞社)
  50. 『中日新聞』2005年10月15日朝刊一面1頁「元少年3人に死刑判決 連続リンチ殺人 『役割に大差ない』名高裁 2人無期の一審破棄」(中日新聞社)
  51. 『読売新聞』1999年4月6日大阪夕刊第二社会面18頁「女性5人殺害のK被告 身代金要求無罪は『事実誤認』 大阪地検が控訴」(読売新聞大阪本社)
  52. 『朝日新聞』1999年4月6日大阪夕刊第一社会面15頁「身代金要求無罪は『事実誤認』と控訴 K被告判決で地検【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  53. 『読売新聞』2000年10月4日大阪朝刊第一社会面31頁「5女性連続殺人事件の控訴審初公判 K被告が殺害を改めて全面否認/大阪高裁」(読売新聞大阪本社)
  54. 『朝日新聞』2000年10月4日大阪朝刊第一社会面35頁「『実行犯ではない』 女性5人殺害事件控訴審でK被告【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  55. 『毎日新聞』2000年10月4日大阪朝刊第一社会面25頁「大阪・女性連続殺人事件控訴審初公判 K被告弁護側が再び無罪を主張-大阪高裁」(毎日新聞大阪本社 記者:一色昭宏)
  56. 『毎日新聞』2001年2月28日大阪朝刊第一社会面31頁「女児ら5人殺害控訴審が結審 来月27日判決--大阪高裁」(毎日新聞大阪本社 記者:一色昭宏)
  57. 『産経新聞』2001年3月28日東京朝刊第一社会面「女性5人殺害 大阪高裁も死刑判決 「冷酷で非人間的な犯行」」(産経新聞東京本社)
  58. 『朝日新聞』2001年3月28日大阪朝刊第一社会面35頁「5女性殺害のK被告、2審も死刑 大阪高裁【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  59. 『毎日新聞』2001年3月28日大阪朝刊第一社会面「女性5人殺害事件控訴審判決 被告の控訴棄却 Cちゃん事件も有罪-大阪高裁」(毎日新聞大阪本社 記者:一色昭宏)
  60. 最高裁第二小法廷 2005, pp. 2–3.
  61. 司法研修所 2012, pp. 238–239.
  62. 『読売新聞』2001年4月13日大阪夕刊第二社会面18頁「女性5人殺害事件 死刑判決のK被告が上告」(読売新聞大阪本社)
  63. 『産経新聞』2005年6月25日東京朝刊第三社会面「K被告の判決7月8日」(産経新聞東京本社)
  64. 『朝日新聞』2005年7月9日大阪朝刊第三社会面37頁「K被告、死刑確定へ 最高裁『異常かつ残虐』 5女性殺害【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  65. フォーラム90 2009, p. 13.
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  72. 法務大臣:岩城光英『法務大臣臨時記者会見の概要 平成28年3月25日(金)』(プレスリリース)法務省、2016年3月25日。 オリジナルの2020年5月6日時点におけるアーカイブ。https://web.archive.org/web/20200505155153/http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_00766.html。2020年5月6日閲覧。
  73. 『読売新聞』2016年3月25日大阪夕刊一面1頁「大阪5人殺害 死刑執行 福岡の連続保険金殺人も」(読売新聞大阪本社)

参考文献

  • 最高裁判所第二小法廷判決 2005年(平成17年)7月8日 『最高裁判所裁判集刑事編』(集刑) 第287号519頁、平成13年(あ)第803号、『殺人,死体損壊,死体遺棄,拐取者身の代金要求,窃盗被告事件』「死刑の量刑が維持された事例(大阪の女性5人殺害等事件)」。
  • 死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90 著、(編集委員:可知亮、国分葉子、中井厚、深田卓 / 協力=福島みずほ事務所) 編『命の灯を消さないで 死刑囚からあなたへ 105人の死刑確定者へのアンケートに応えた魂の叫び』(発行)インパクト出版会、2009年4月10日。ISBN 978-4755401978。http://impact-shuppankai.com/products/detail/184。
  • 司法研修所 編『裁判員裁判における量刑評議の在り方について』 63巻、3号(第1版第1刷発行)、法曹会〈司法研究報告書〉、2012年10月20日。ISBN 978-4908108198。 - 司法研究報告書第63輯第3号(書籍番号:24-18)。「事件一覧表」202番(甲事件)・203番(乙事件)が加害者Kによる事件。甲事件(殺人3件)については「控訴審で第一審を破棄自判して死刑判決が言い渡され、上告棄却により確定した」と、乙事件(殺人2件)については「第一審で死刑判決が言い渡され、控訴棄却・上告棄却により確定した」とされている。
  • 死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90 著、(編集委員:可知亮、国分葉子、高田章子、中井厚、深瀬暢子、安田好弘、深田卓 / 協力=福島みずほ事務所、死刑廃止のための大道寺幸子基金) 編『死刑囚90人 とどきますか、獄中からの声』(発行)インパクト出版会、2012年5月23日。ISBN 978-4755402241。http://impact-shuppankai.com/products/detail/208。
  • 年報・死刑廃止編集委員会『死刑囚監房から 年報・死刑廃止2015』(初版第1刷発行)インパクト出版会、2015年10月10日。ISBN 978-4755402616。http://impact-shuppankai.com/products/detail/246。
  • 年報・死刑廃止編集委員会 著、(編集委員:岩井信・可知亮・笹原恵・島谷直子・高田章子・永井迅・安田好弘・深田卓) 編『オウム大虐殺 13人執行の残したもの 年報・死刑廃止2019』(初版第1刷発行)インパクト出版会、2019年10月25日、259頁。ISBN 978-4755402982。http://impact-shuppankai.com/products/detail/286。

関連項目

女性を標的とした連続殺人犯

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