大 (姓)
大(たい)は、漢姓の一つ。
中国の姓
| 大 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 大 |
| 簡体字: | 大 |
| 拼音: | Dà |
| 注音符号: | ㄉㄚˋ |
| ラテン字: | Da |
| 広東語発音: | Daai6 |
| 上海語発音: | Da3(文読), Du3(白読) |
| 台湾語白話字: | Tāi |
2020年の中華人民共和国の統計では人数順の上位100姓に入っておらず[1]、台湾の2018年の統計では773番目に多い姓で、36人がいる[2]。
著名な人物
朝鮮の姓
| たい | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 대 |
| 漢字: | 大 |
| 発音: | テ |
| 日本語読み: | たい |
| ローマ字: | Ku |
| 英語表記: | Dae, Tae, Dai, Dea, Day |
著名な人物
氏族
渤海国の大祚栄の姓として有名である。渤海が高句麗の昔の領土を回復して隆盛を誇るも、228年に契丹に敗北すると、後裔の大光顕が926年(高麗太祖9年)高麗に帰化して王の姓を下賜され、王継になった。しかし、大光顕の子孫は後ろ王氏姓を捨てて大氏姓に復姓し、朝鮮初期の歴史書である「東国通鑑」に渤海の始祖である「大祚栄」が「太祚榮」に記録された以来、姓氏を大氏から太氏に変えた。今の、北朝鮮と韓国に現存する太氏と大氏は、すべての渤海国の王族の子孫である。渤海国の最後の国王、大諲譔の息子であった大鐸が渤海の遺民たちを率いて高麗に南下して今の密陽に定着して密陽大氏の起源になったと伝えられる。
| 氏族(地域) | 創始者 | 割合 (%) (2000年) |
|---|---|---|
| 大山大氏 | ||
| 密陽大氏 | 大鐸 | 492人 |
2015年時点で大氏のうち、636人は密陽大氏、残りの10人の本貫は不明[3]。
人口と割合
| 年度 | 人口 | 世帯数 | 順位 | 割合 |
|---|---|---|---|---|
| 1930年 | 12世帯 | |||
| 1960年 | 264人 | 258姓中168位 | ||
| 1985年 | 274姓中178位 | |||
| 2000年 | 606人 | |||
| 2015年 | 646人[3] |
脚注
- “《二〇二〇年全国姓名报告》发布_部门政务_中国政府网”. www.gov.cn (2021年2月8日). 2023年1月19日閲覧。
- “全國姓名統計分析”. 中華民国内政部. p. 289 (2018年10月). 2023年1月19日閲覧。
- “KOSIS”. kosis.kr. 2022年11月18日閲覧。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.