観松彦伊侶止命(みまつひこいろどのみこと)は、古代日本の人物。
『古事記』、『日本書紀』にはその名が見えないが、『先代旧事本紀』「国造本紀」には観松彦伊呂止命の名で登場し、意岐国造、長国造の祖とある。
初代波多国造である天韓襲命(あめのからそのみこと)を事代主神の子(または孫)の観松彦色止命の9世孫で、長国造・都佐国造の祖である韓背足尼と同人とする説がある[1]。