天恩寺 (岡崎市)
天恩寺(てんおんじ)[2]は、愛知県岡崎市片寄町にある臨済宗妙心寺派の寺院である。
| 天恩寺 | |
|---|---|
![]() 天恩寺仏殿 | |
| 所在地 | 愛知県岡崎市片寄町字山下 |
| 位置 | 北緯34度55分27.4秒 東経137度18分50.2秒 |
| 山号 | 廣澤山 |
| 宗派 | 臨済宗妙心寺派[1] |
| 本尊 | 地蔵菩薩(延命地蔵) |
| 創建年 | 貞治元年(1362年) |
| 開基 | 圓應正燈國師 |
| 正式名 | 廣澤山天恩寺 |
| 札所等 | 不明 |
| 文化財 | 仏殿・山門(重要文化財) |
| 法人番号 | 4180305000252 |
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歴史
天恩寺の建立年代は不明だが、寺伝によると矢作川の戦いに敗れてこの地に逃れてきた足利尊氏が、本尊延命地蔵尊に戦勝祈願をし、勝利したら寺院を築くことを誓った。翌日の戦いで尊氏が勝利したが、約束を果たすことができず、遺言で託された室町幕府第3代将軍足利義満により、1362年、天恩寺が建立されたとする[3]。13世紀に足利氏宗家第3代足利義氏が鎌倉幕府の三河守護として拠点を構えて以降、西三河は足利氏の第二の本拠地となっていた[4][5][6]。
1382年には、足利義満誕生日祈祷のため寺領の寄進及び、足利義満自筆山号・寺号の下付がなされた。1423年第4代将軍足利義持により祈願所とされた。その後、応仁の乱などで室町幕府が混乱すると、幕府の庇護を受けていた天恩寺の勢力も衰えたが、戦国時代に入り、天正年間、額田を勢力下に置いた奥平氏の庇護を受け、再興した[7]。1575年、長篠の戦いに向かう徳川家康がここで一泊した[8]。1602年には徳川家康から片寄村79石余の寄進を受けた。
ギャラリー
総門
仏殿(左)と山門(右)
仏殿の内部(厨子)
方丈
延命地蔵菩薩坐像
境内
見返りの大杉
脚注
- 『額田町史』
- 『新編岡崎市史額田資料編Ⅰ』
- 「天恩寺山門(てんおんじさんもん)」愛知県
- 「市のあゆみ」岡崎市
- 「1-3 岡崎市の沿革」岡崎市
- 「沿革」岡崎市
- 学芸員浦野加穂子「天恩寺と額田」岡崎市美博ニュースアルカディアVol.31
- 「天恩寺・見返りの大杉 」岡崎市観光協会
- “天恩寺仏殿”. 愛知県. 2013年5月30日閲覧。
- “天恩寺山門”. 愛知県. 2013年5月30日閲覧。
- “岡崎市指定文化財目録”. 岡崎市. 2013年5月30日閲覧。
関連項目
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