天椅立神社
歴史
創建年は不詳。江戸時代までは羽津明神と称していた。「羽津明神」と呼ばれていた理由は不明。『三好郡誌』によると、現在、宮内と呼ばれている地域全部が境内で、当社の南100mの場所を鳥居と呼び、実際に鳥居の沓石があった[1]。
式内社である天椅立神社の論社のひとつである。
脚注
- “天椅立神社”. 玄松子の記憶. 2021年5月21日閲覧。
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