太賀麻郎
経歴
東京都世田谷区生まれ。父の永井健司は服飾デザイナーで、日本七大ブランドの一つであるJAZZレーベルの創始者[3]。従兄にイラストレーターの永井博がいる[4]。幼い頃から実家には永井やペーター佐藤が出入りしていたため、それらの人々から弟のように遊んでもらって育った[5]。
文化学院演劇科在学中、白夜書房発行の性風俗情報誌『元気マガジン』で見た「エロビデオの男モデル募集」の広告に応募したことがきっかけとなり[6]、1984年秋、『あやめの本番~わたしの舌には硬すぎる』でAV男優としてデビュー。このことが父親から怒りを買い[7]、親戚に迷惑がかかると言われたために芸名で活動するようになる[8][2]。以後、『いんらんパフォーマンス』シリーズなど2000本に出演。1988年に引退するまで、AVの仕事で2000人、プライベートで3000人、合計5000人を超える女性を抱き、2億円近い金を稼いだが、続く10年間でその全てを失ったという[9]。
ランジェリーパブの経営に失敗した後、1990年代後半からAV監督として復活[10]。2002年、共に仕事をしていたプロデューサーの奥出哲雄が猥褻図画販売の容疑で逮捕された後、奥出の借金を背負って自己破産した[11]。
妻との離婚後は結核、糖尿病を患い、十数年間生活保護を受けながら2人の娘を育てているシングルファザーである。
AV出演強要問題について、「昔からあった」と証言している[12]。
著書
脚注
- 太賀麻郎『AV黄金時代』p.22。
- 太賀麻郎『AV黄金時代』p.23。
- 太賀麻郎『AV黄金時代』p.93。
- 太賀麻郎『AV黄金時代』p.59, 196。
- 太賀麻郎『AV黄金時代』p.59。
- 太賀麻郎『AV黄金時代』p.62。
- 太賀麻郎『AV黄金時代』p.215。
- 太賀麻郎『AV黄金時代』p.218。
- 太賀麻郎『AV黄金時代』p.492。
- 太賀麻郎『AV黄金時代』p.34。
- 太賀麻郎『AV黄金時代』p.35。
- AV出演強要「昔からあった」元トップ男優が証言(毎日新聞、2016年8月4日)
外部リンク
- 太賀麻郎 (@taiga_asao) - X(旧Twitter)
- 太賀麻郎のブログ - ライブドアブログ - Livedoor
- 太賀麻郎 (asao.taiga) - Facebook
- 太賀麻郎のマルマル通信 - YouTubeチャンネル
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