姜徳景
姜徳景(カン・ドクキュン、朝鮮語: 강덕경)は慰安婦として名乗り出て証言を行った人。
カン・ドクキュン 姜 徳景 강 덕경[1] | |
|---|---|
| 生誕 |
1929年[2] |
| 死没 | 1997年2月2日(68歳没)[1] |
| 死因 | 肺癌[2] |
経歴
(本人の証言から[3])
- 1929年:慶尚南道晋州 生まれ
- 1943年(15歳、高等科1年):先生に言われ挺身勤労隊として日本へ、富山県の不二越の工場で旋盤工として働く。給料は預金しておくという事でくれなかった。
- (3,4ヶ月後)食事が少なく空腹のため逃げ出すが戻る。更に2,3ヶ月後逃亡、道で腕章をして肩に星が3つある「小林」という憲兵につかまりトラックに乗せられ山の中で犯された。更にトラックで移動小さな部隊付属のテントで他の女と一緒に4ヶ月間毎晩強姦された。
- (4ヶ月後)更に「小林」によりトラックで移動、畑が広がる場所の大きな部隊の20人くらいの女がいる慰安所で兵隊の相手をさせられた。また防空壕の中でも兵隊の相手をさせられた。地名を聞いたらマツヤマあるいはマツシロ(松代大本営と思われる)と聞いた。兵隊の「小林」は天皇陛下が避難に来る所と言っていた。
- 1945年:ある日、泣いている声が聞こえ終戦だった。大阪へ更に伏木の朝鮮人部落へ移動。
- 朝鮮人部落で働きそこの人と一緒に朝鮮へ帰った。
- 1992年8月日本の長野県松代で講演
- ナヌムの家に住む
- 1997年2月:死亡
秦郁彦による言及
ドキュメンタリー映画
2015年7月に公開されたドキュメンタリー映画『“記憶”と生きる』(土井敏邦監督)第二部で、姜徳景の最晩年の2年間が記録された。
参考文献
- 『“記憶”と生きる:元「慰安婦」姜徳景の生涯』大月書店、2015年。ISBN 978-4-272-52106-7
脚注
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.