子易神社
概要
創建年代は不明である。富士山本宮浅間神社(現富士山本宮浅間大社)から分霊を勧請して創建したと伝えられており、安産・子育の神として崇敬されてきた[1]。
かつては「子安宮」「子安明神社」と呼ばれており、福生寺(現在は廃寺)が別当寺であった。明治時代の神仏分離政策により、福生寺から切り離され「子易神社」に改称した[2]。
福生寺から切り離されたものの、この福生寺が廃寺になってしまったため、本尊の観音菩薩像は結局当社が預かることになり、現在は境内の「子安観音堂」に安置されている[2]。
摂末社
- 稲荷神社
- 諏訪神社
境内仏殿
- 子安観音堂
- 胸突地蔵堂
交通アクセス
- 大山駅より徒歩10分。
脚注
- 子易神社東京都神社庁
- 板橋区教育委員会 編『いたばしの神社 (文化財シリーズ第36集)』板橋区教育委員会、1981年、91-93p
参考文献
- 板橋区教育委員会 編『いたばしの神社 (文化財シリーズ第36集)』板橋区教育委員会、1981年
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