宇治家
宇治家(うじけ[1])は、久邇宮多嘉王の第2王子で臣籍降下した宇治家彦が創設した華族の伯爵家[1]。
| 宇治家 | |
|---|---|
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| 家祖 |
宇治家彦 (久邇宮多嘉王第2王子) |
| 種別 | 華族(伯爵) |
| 主な根拠地 | 東京都大田区田園調布 |
| 凡例 / Category:日本の氏族 | |
歴史
久邇宮多嘉王の第2王子である家彦王(大正9年(1920年)3月17日生)は、昭和17年(1943年)10月に請願に依り臣籍降下して宇治の家名を賜り[2]、10月5日に華族の伯爵に列せられた[3]。夫人は鷹司信輔公爵の娘量子(大正15年7月25日生)[2]。
家彦には嘉彦(昭和21年(1946年)8月13日生)、家寛(昭和23年(1948年)10月15日生)の2人の息子があった[2]。平成前期に宇治家の住居は東京都大田区田園調布にあった[2]。
脚注
出典
- 森岡浩 2012, p. 93.
- 霞会館華族家系大成編輯委員会 1996, p. 243.
- 小田部雄次 2006, p. 364.
参考文献
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