安井敬七郎
人物
丸善との関わり
明治11年頃に、はじめて国産筆記用インキを製造し、この販売を丸善が一手に行った[1]。 明治18年、丸善入社[2]。
明治20年頃には丸善でウースターソースの輸入販売が行われていた[1]。 明治22年以前に、茨城の上菱醤油(鳩崎醤油)の関口八兵衛が製造販売した国産ウスターソースの鳩ソース(ハトソヲース)に発明人として関わっている。鳩ソースは丸善、薬局、洋食店等で売られ、全国で売られた[3]。
明治23年4月から開かれた第三回内国勧業博覧会にインク等が安井敬七郎の名で出品され[1]、鳩ソースが関口八兵衛の名で出品され[3]、それぞれ褒状が授与されている。
明治25年1月27日、丸善退社[4]。
脚注
- 丸善百年史 上巻
- 丸善百年史 資料編 年表
- 近代食文化研究会「お好み焼きの物語 執念の調査が解き明かす新戦前史」
- 丸善百年史 資料編 年表
- 明治屋百年史 年表
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