安倍草麻呂
経歴
天平神護3年(767年)従六位上から三階昇進して従五位下に叙爵し、翌神護景雲2年(768年)備中介に任ぜられる。まもなく園池正として京官に復し、神護景雲3年(769年)には内蔵助を兼ねる。
宝亀2年(771年)光仁天皇の大嘗祭においては内蔵助として、内蔵頭・阿倍息道と共に諸司の宿直の者の名簿を奏上している[1]。その後も、宝亀8年(777年)斎宮長官、延暦2年(783年)治部少輔、延暦4年(785年)神祇大副と、光仁朝から桓武朝初頭にかけて京官を歴任した。延暦5年(786年)豊前守として再び地方官に転じている。
官歴
『続日本紀』による。
脚注
- 『続日本紀』宝亀2年11月20日条
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