安曇川
安曇川(あどがわ)は、京都府および滋賀県を流れる淀川水系の一級河川である。一部区間は天井川となっている[1]。
| 安曇川 | |
|---|---|
![]() 湖西線から東望 | |
| 水系 | 一級水系 淀川 |
| 種別 | 一級河川 |
| 延長 | 57.9 km |
| 平均流量 | -- m³/s |
| 流域面積 | 418.9 km² |
| 水源 | 丹波高地(京都府) |
| 水源の標高 | -- m |
| 河口・合流先 | 琵琶湖(滋賀県) |
| 流域 | 京都府・滋賀県 |
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![]() | |
地理
延長は57.9 km(キロメートル)、流域面積は418.9 ㎢(平方キロメートル)[2]。琵琶湖へ流下する河川の中で流入量は全体の27.9 %と最も多く、多雪地帯と豊富な森林が起因している[3]。京都市左京区北東部、丹波高地の百井峠(国道477号が通る)近くに発し、東流して滋賀県大津市に入る[2]。V字状の峡谷(花折断層)を北北東に流下し、大津市梅ノ木町付近で針畑川と合流して高島市に至る[2]。高島市朽木市場で北川と合流し、再び峡谷(近江耶馬渓)を経て南東に流下し、沖積三角州を経て船木で琵琶湖に流入する[2]。京都市に源流を持つ淀川水系の川で唯一琵琶湖に注ぐ川である。
南船木と北船木の間に安曇川右岸放水路が設けられ、現在はこの放水路が本流となっているほか、安曇川を遡上するアユやハスを収穫するヤナはこの流路中に設けられている[4]。一方で、安曇川左岸放水路は北船木の北側を流下して1.7 km流下したのち琵琶湖に流下する[4]。
安曇川三角州
流域の社会
歴史
「安曇川」の名称は三世紀以前に近江に定着した阿曇氏に由来するといわれている[5]。「ヅミ」は「ド」の音韻変化によって、水が湧く所を指す「イズミ(泉)」と「イド(井戸)」と同様に「アヅミ」から「アド」となったと考えられる[5]。
縄文時代には既に沿岸に人の活動があったとされ、大津市葛川坂下町で石器に加工される前のチャートが見つかっているほか、高島市朽木村井の池の沢遺跡から縄文末期の磨製石斧と石鏃が発掘されている[6]。
2013年時点では弥生時代の史料は未発見ではあるが、高島市朽木村井や同市朽木岩瀬から古墳時代の須恵器の破片が残っていたり、また古墳とみられる塚状の地形があったという伝承があったりで八世紀以前に人の定住があったとされる[6]。
「正倉院文書」によれば、奈良時代には造東大寺寺司に属する石山院の下で高島に製材所があったと記されている[6]。また、筏の流し運賃の報告書である「杉榑漕運功銭米注文」には高島の山中から材木を流してから小川津(朽木か安曇川のどちらか分からない)で筏に組んで琵琶湖に流下させて奈良まで送った記録が残っている[7][8]。
脚注
- “淀川水系・北川水系 湖西圏域河川整備計画”. 2022年6月21日閲覧。
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1979, p. 68.
- 石田敏 2013, p. 1.
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1979, p. 69.
- 石田敏 2013, p. 7.
- 石田敏 2013, p. 12.
- 石田敏 2013, pp. 12–14.
- “高島市歴史散歩 No.102 奈良の都へ続く「小川津」”. 高島市広報 「広報たかしま」 No.161 平成25年6月号. 2022年10月2日閲覧。
- 竹内義治 (2016年4月29日). “川・いかだ 見守った神 思子淵神社(時の回廊) 滋賀県高島市朽木小川”. 日本経済新聞 2020年4月6日閲覧。
- 滋賀県教育委員会事務局文化財保護課 2019, p. 190.
- “安曇川を楽しむ|びわ湖高島観光ガイド”. びわ湖高島観光協会. 2020年4月11日閲覧。
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 25滋賀県』角川書店、1979年5月4日。
- 滋賀県教育委員会事務局文化財保護課『街道でめぐる滋賀の歴史遺産』サンライズ出版、2019年10月25日。
- 石田敏『安曇川と筏流し』京都新聞出版センター、2013年1月31日。


