安東恒季

安東 恒季(あんどう つねすえ、生年不詳 - 1496年明応5年))は、日本戦国時代武将蝦夷地豪族。下国山城守と称した。安東定季の子。

父の死後、松前守護大館館主になる。大館は、道南十二館と呼ばれた蝦夷地における和人地の中心の一つであった。

恒季は粗暴で行状が極めて悪かったと伝えられており、無辜の民を殺戮することもあったという。このため配下の館主らにより宗家檜山安東忠季に訴えられた。恒季は1496年(明応5年)11月、忠季の手勢により攻められ自害し、大館は相原彦三郎季胤に預けられ、村上三河守政義が補佐することとなった。

参考文献

  • 海保嶺夫 『エゾの歴史』 講談社、1996年、ISBN 4062580691
  • 塩谷順耳ほか 『新版県史 秋田県の歴史』 山川出版社、2001年、ISBN 4634320509
  • 渋谷鉄五郎 『秋田「安東氏」研究ノート』 無明舎出版、1988年、ISBN 4895442039
  • 田端宏桑原真人船津功関口明 『新版県史 北海道の歴史』 山川出版社、2000年、ISBN 463432010X
  • 森山嘉蔵 『安東氏―下国家400年ものがたり』 無明舎出版、2006年、ISBN 4895444244
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