定林寺 (土岐市)
定林寺(じょうりんじ)は、かつて美濃国土岐郡に存在した臨済宗の大寺院。現在は観音堂のみが残っている。
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| 所在地 | 岐阜県土岐市泉町定林寺422 |
| 位置 | 北緯35度22分21.5秒 東経137度11分59.8秒 |
| 山号 | 瑞雲山 |
| 宗派 | 臨済宗妙心寺派 |
| 寺格 | 十刹 |
| 創建年 | 正和2年(1313年)以前 |
| 開山 | 無学祖元 |
| 開基 | 土岐頼貞 |
| 中興年 | 寛正2年(1461年) |
| 中興 | 寿崇 |
| 札所等 | 土岐郡三十三所巡礼二番 |
歴史
美濃国の守護の土岐頼貞の開基、佛光國師(無学祖元)を勧請開山としているが、
実質の開山は鎌倉の円覚寺の開山である無学祖元の高弟である佛国国師(高峰顕日)を迎えて開山した。
東濃では最初の禅宗寺院であり七堂伽藍が備わった大寺院であった。寺域は800メートル四方あったとみられ、現在に残る地名として、あみだが池、観音堂、おさる堂、上人塚、大門、正庵、寺屋敷などがある。
寺号の由来
寺号は、かつて江寧府(現在の中国の南京市)に存在した鐘山定林寺の地勢に似ていることから採られている。
建立に関する諸説
①『土岐頼兼公記』には、開山の佛光國師(無学祖元)の生存中の弘安年間(1278年~1288年)と記されている。
➁佛国国師(高峰顕日)の没年である1316年以前と考えられる。
➂正和2年(1313年)、土岐頼定の父の土岐光貞の三十三回忌が定林寺で営まれたと記録があるため、それ以前の開創であるとみられる。
④『美濃諸氏傳』には、建武年間の1334年~1335年としている。
歴代住持
定林寺五景
定林寺では小室峯・曹源川・利生塔・普照庵・一滴亭を五景と称した。
小室峯は、中国河南省の嵩山の別峯のことで達磨大師が修行をした嵩山少林寺があり、現存する観音堂の裏山を小室峯と名付けたものであろう。曹源川とは小室峯から流れ出る沢水を名付けたものであり、定林寺に居た方心圓禅師の画像の賛に「山上菊泉美且甘、袞袞流芳幾千歳」と記されているのは、この沢水のことを言うのであろう。
利生塔は、佛國國師(高峰顕日)の霊骨及び土岐頼貞の父の光定の遺骨を安置したところである[2]。
普照庵は、開山の佛光國師(無学祖元)の像を祀っていた庵寺である。
一滴亭とは、禅家の心をもって心に伝えることを意味する言葉を取って名付けたものと考えられる。
参考文献
- 『土岐市史 1 (原始時代-関ケ原合戦)』 第八編 鎌倉室町時代の宗教概観 第三章 郷土寺院の変遷 ■定林寺の建立・■定林寺の名称・■定林寺五景・etc p219~p237 土岐市史編纂委員会 1970年
- 『多治見市史 通史編 上』 第四章 中世の宗教 第一節 鎌倉仏教の弘布 定林寺の創建 p376~p377 多治見市 1980年

