富民侯
富民侯(ふみんこう)は、古代中国の漢のときに封じられた列侯の一つである。封地は沛郡の蘄県[1]。田千秋と田順の父子2人がなった。
漢の武帝が丞相の田千秋を列侯に封じたときに富民侯の名を与えた。侯の呼び名は封じた土地の名からとることが多いが、この場合は異なる。武帝は四方に遠征して領土を拡大したが、国内の負担が大きかった。晩年、征伐を悔やんだ武帝が、「富民」の願いを丞相に寄せたものである[2]。はじめ800戸だったが、武帝が後元2年(前87年)に死んだときの遺詔で1600戸に増えた[3]。
脚注
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