寺島良安
経歴・人物
後に大坂に移り、同郷の伊藤良立及び和気仲安の門人となり医学や本草学を学んだ。後にこの業績により、大坂城入医師となり法橋に叙せられる。この間に明代の医学の影響を受けた著書を多く刊行し、学業における和漢の概念を唱える等名を馳せた。その後の生涯は不明であるが、享保の頃に没したといわれている。
主な著作物
その他の著書
- 『通俗三才諸神本紀』
- 『済世宝』
- 『弘法大師略伝』
等。
出典
外部リンク
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