寺西閑心
経歴・人物
尾張に生まれる[1]。初めは当時下総の古河藩主であった土井利隆に仕えたが[2]、1660年(万治元年)利隆が隠居した事により江戸に入った[2]。
後に剣術を庶民に対し伝達したが[1]、侠客となり深見重左衛門と親交を深めた[2]。晩年は赤坂にて侠客の集団である「六法組」に属する13人余りを斬った後に下野に亡命したとみられているが[2]、その後の経歴については不明。
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