小倉静三
経歴
鹿児島県鹿児島市出身。鹿児島県立第二鹿児島中学校 (旧制)卒業。在学時期から大牟礼南島の指導を受けたと推定されている。[1]
旧制中学卒業後は東京美術学校や川端画学校で学び、藤島武二、岡田三郎助らに師事したといわれているが定かではない[2]。鹿児島に帰郷後は山下兼秀のすすめで、大嵩双山とともに谷口午二に師事し、金羊会を結成。
詳細は「谷口午二#金羊会」を参照
南國美術展の創設にも関わったとされる。その後、上京し、松坂屋宣伝部などに勤め、光風会や日展に出品。また、示現会に所属。[1][3]
優れた描写力を生かして戦争画も多く残した。[1]
脚注
- 鹿児島市立美術館・編『20世紀回顧・鹿児島と洋画展』(20世紀回顧・鹿児島と洋画展実行委員会、2000年)138頁
- 『郷土人系 下』では川端画学校で学んだとされている。
- 南日本新聞社・編『郷土人系 下』(春苑堂書店、1970年)68-69頁
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