小原甚八

小原甚八(おはら じんぱち、1888年 - 1968年)は、日本における光学ガラス製造のパイオニア。光学ガラスメーカーのオハラを創業した。藍綬褒章受章。

概要

1888年(明治21年)生まれ、1911年(明治44年)東京高等工業学校(現東京工業大学)窯業科を卒業した後、1915年(大正4年)海軍造兵廠に勤務した。柴田理八の元で光学ガラス試作に従事し、1922年(大正11年)には光学ガラス工場の主任になった。海軍が光学ガラス製造を日本光学工業(現ニコン)に譲渡したことに伴い日本光学工業に移籍し、日本光学光学硝子研究所主任となった[1]

1935年(昭和10年)日本光学工業を退社し、同年10月東京蒲田にて小原光学硝子製造所(現オハラ)を創業した。小原光学硝子製造所は日本で最初の光学ガラス専業メーカーとなり、多くの光学機器メーカーに光学ガラスを供給した。1959年(昭和34年)藍綬褒章受章[2]1965年(昭和40年)勲四等瑞宝章受章[3]1968年(昭和43年)従五位[4]

参考文献

外部リンク

脚注

  1. 『国産カメラ開発物語』P62。
  2. 官報 本紙 第9857号 657頁
  3. 官報 本紙 第11670号 15頁
  4. 官報 本紙 第12429号 20頁
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