小幡昭子
小幡 昭子(おばた しょうこ、1931年2月15日[3][1][4] - )は、日本の女性声優[2]。旧芸名および結婚前の本名は浜崎 昭子[2][5]。夫はCMディレクターの小幡章[2]。京都府出身[2]。京都女子大学育児科卒業[1]。大阪放送劇団[6][1]、ラジオ東京放送劇団[6]、フリーランス期間を経て[7]、増井事務所に所属していた[4]。
| おばた しょうこ 小幡 昭子 | |
|---|---|
| プロフィール | |
| 本名 | 小幡 昭子[1](旧姓 - 浜崎[2]) |
| 性別 | 女性 |
| 出生地 |
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| 出身地 |
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| 生年月日 | 1931年2月15日(93歳) |
| 職業 | 声優 |
| 配偶者 | 小幡章[2] |
| 活動 | |
| 活動期間 | 1950年代 - 1964年 |
略歴
大阪府大阪市船場で生まれ[3]、兵庫県の阪神間地域で子供時代を過ごす[2]。実家は大阪市北浜で株屋を営んでいた[6]。
大学卒業後、幼稚園で保母の仕事をしながら大阪でラジオに出演[6]。1953年に大阪放送劇団に7期生として入団[6][1]。1954年、『雨月物語』がテレビ番組デビュー作となる[6]。
1955年2月、上京してラジオ東京放送劇団に入団[6]。上京の理由はNHK大阪放送局からラジオ東京に移籍した小幡章を慕ってのことであり、1956年2月に結婚[5]。
1964年9月17日を最後に家に戻らず、夫から家出人捜査願いが提出される[2]。レギュラー出演していたラジオドラマ『 パパ行ってらっしゃい』の収録現場に現れるか連絡が入ることを想定して逆探知の準備も行われたが、連絡は一切無かったとされる[2]。
夫によれば睡眠薬中毒を患っており、失踪の二か月ほど前の時期に薬の過剰摂取により複数回の入院の経験があると証言している[2]。
脚注
出典
- 「新桜オールスタァ名鑑」『芸能画報』4月号、サン出版社、1958年。
- 「生きていることを教えてくれ、昭子!」『婦人生活』12月号、婦人生活社、1964年12月、176 - 179頁。
- 「テレビ人名鑑」『キネマ旬報』臨時増刊テレビ大鑑、キネマ旬報社、1958年6月、103頁。
- 『出演者名簿』《昭和36年度版》著作権情報センター、1961年、86頁。
- 「アンテナの周囲」『放送』5月号、[日本放送文化協会、1955年5月、27頁。
- 「ラジオスタア評判記」『婦人生活』8月号、婦人生活社、1956年8月、212頁。
- 『キネマ旬報年鑑 昭和35年版』キネマ旬報社、1960年、416頁。
- 小幡昭子 - MOVIE WALKER PRESS
- 「11月新譜邦楽レコード」『Music monthly』11月号、月刊ミュジック社、1966年11月、107頁。、
- 「5月新譜邦楽レコード」『Music monthly』5月号、月刊ミュジック社、1963年5月、74頁。
- 「7月新譜邦楽レコード」『Music monthly』7月号、月刊ミュジック社、1963年7月、73頁。
- 「12月新譜邦楽レコード」『Music monthly』12月号、月刊ミュジック社、1963年12月、107頁。
- 「7月新譜邦楽レコード」『Music monthly』7月号、月刊ミュジック社、1964年7月、70頁。
- 「10月新譜邦楽レコード」『Music monthly』7月号、月刊ミュジック社、1964年10月、73頁。
- 「11月新譜邦楽レコード」『Music monthly』7月号、月刊ミュジック社、1964年11月、72頁。
- 「1月新譜邦楽レコード」『Music monthly』1月号、月刊ミュジック社、1965年1月、75頁。
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