小松原芳太郎
小松原 芳太郎
(こまつばら よしたろう、
1839年
(
天保
10年)-
1866年
(
慶応
2)
4月10日
)は、
江戸幕府
より
名字帯刀
を許された
商人
。
岡山県
倉敷市
出身。
諱
・義矩。
屋号
・藤井屋善右衛門。
略歴
1839年、
小松原善平
の子として生まれる。※
1838年
生まれとする資料もある。
剣術道場
を開き
剣士
としても知られた。
1866年、
倉敷浅尾騒動
で
戦死
。
関連項目
小松原慶太郎
(実業家)は、子。
田中寛一
(心理学者)は、孫。小松原芳太郎の次男、小松原義一が1888年(明治21年)23歳の時に田中家(現:岡山市西大寺)の養子となる。
大橋家住宅
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