小林宏之 (パイロット)
経歴
愛知県新城市生まれ。愛知県立豊橋東高等学校卒業後、東京商船大学航海科を中退し、1968年日本航空入社。以来42年間、一度もスケジュールの変更なく飛び続ける。日本航空が運航した全ての国際路線と主な国内線に乗務。総飛行時間は地球800周に相当する18500時間。首相特別便機長、湾岸危機時の邦人救出機機長なども務めた。
2008年には「高度一万メートルからみた地球環境」というテーマで、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌などのメディアに出演。2010年3月に退社時のラストフライトはマスコミの話題となり、新聞・テレビなどで特集が組まれる。その後は、危機管理・リスクマネジメントの講師として活躍する傍ら、航空評論家としても活躍中。医療機関、原子力関係の各機関、様々な企業・団体で講演が依頼される。最近では、テレビ・ラジオなどの出演も多数。
略歴
主な社内略歴
- 国際路線室主席機長
- 飛行技術室長
- 運航安全推進部長
- 運航本部副本部長
- 首相特別便機長(竹下首相、海部首相、小泉首相)
- 湾岸危機時の邦人東南アジア人救出機長
主な社外略歴
- 宇宙開発事業団(現宇宙航空開発機構)危機管理嘱託委員
- 日本人宇宙飛行士安全検討チーム
- 原子力発電所運転責任者講習講師
- 慶應義塾大学大学院特別講師・中央大学客員講師
- 早稲田大学特別講師・その他の大学特別講師
- 日本航空機操縦士協会副会長
退職後の主な経歴
- 国土交通省交通政策審議会委員
- 国土交通省航空局委員
- 原子安全推進協会運転責任者講習講師
- 慶應義塾大学大学院特別講師
- 早稲田大学特別講師
- 中央大学客員講師
- 公益社団法人日本航空機操縦士協会副会長
- 危機管理専門家
- 航空評論家としてテレビ・ラジオ出演
講師歴
- 医療(医科大学・病院)機関、原子力関係の各機関
- その他の企業・団体等で「危機管理」「リスクマネジメント」
「ヒューマンエラー対策」「リーダーシップ」「管理職セミナー」「プロフェッショナル」「OODA」等のテーマで講師を務める
所属学会等
- 日本リスクマネジメント学会
- 日本抗加齢医学会
- 未来経営研究会
- エンジン01文化戦略会議
エピソード
東京商船大に入学したのは「ハワイに憧れ、船乗りになればハワイに行ける」と考えたからであった。しかし学生時代に虫歯の治療をしていた際「船乗りなら病気の治療は陸に戻らなければできない。パイロットならすぐ病院に行ける」と言われ、パイロットを目指すようになったという[1]。
外部リンク
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