小林進 (フィギュアスケート選手)
経歴
1929年、第1回全日本選手権で3位に入る。1930年、第2回全日本選手権で老松一吉、帯谷竜一に続いて2年連続で3位となる[1]。
引退後は指導者となり、1932年のレークプラシッドオリンピックではスケート競技の役員に就任。1950年、東京都港区に開業した日活スポーツセンターアイススケート場の専任コーチに就任。また施設内にスケート用品店である「小林スケート」をオープンした。
1964年には稲田悦子、片山敏一らとともに日本フィギュアスケーティングインストラクター協会を設立した[2]。
主な戦績
| 大会/年 | 1929-30 | 1930-31 |
|---|---|---|
| 全日本選手権 | 3 | 3 |
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