小沢武夫 (陸軍軍人)
小沢 武夫(おざわ たけお、1889年(明治22年)6月25日[1] - 1952年(昭和27年)8月17日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。
| 小沢 武夫 | |
|---|---|
| 生誕 |
1889年6月25日 |
| 死没 | 1952年8月17日(63歳没) |
| 所属組織 |
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| 軍歴 | 1911年 - 1944年 |
| 最終階級 |
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経歴
1889年(明治22年)に大阪府で生まれた[1]。陸軍士官学校第23期卒業[1]。1937年(昭和12年)8月2日に陸軍航空兵大佐に進級し[2]、8月10日に飛行第1連隊長に就任した[2]。1938年(昭和13年)8月に陸軍航空士官学校生徒隊長に転じた[2]。
1940年(昭和15年)3月9日に陸軍少将に進級し[2]、8月1日に第103教育飛行団長に就任し[2]、1943年(昭和18年)9月に白城子陸軍飛行学校長に転じた[1]。1944年(昭和19年)6月20日に大刀洗陸軍飛行学校長兼第3飛行場司令官に就任したが[3]、12月1日に待命[4]、12月2日に予備役に編入された[1]。
脚注
- 福川 2001, 187頁.
- 外山 1981, 302頁.
- 「第116号 昭和19年6月20日 陸軍異動通報」 アジア歴史資料センター Ref.C12120911900
- 「第252号 昭和19年12月2日 陸軍異動通報」 アジア歴史資料センター Ref.C12120926900
参考文献
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