小田勝 (医師)
経歴
小田得一の長男として広島県佐伯郡廿日市町で生まれる[1]。生家は医師として三代続く家であり、父・得一は、大阪医学校(現・大阪大学医学部)出身で内科、眼科を開業した。得一は、広島県の医学界において腕利きの一人として名声があり、長年に渡って県医師会理事に挙げられるほど逸材であった。
1925年(大正14年)、慶應義塾大学医学部を卒業し、同大学産婦人科教室に入り、3年間研究に没頭する。1928年(昭和3年)、山口病院初代院長・山口卓治の死亡により院長を承継し、山口病院院長に就任[1]。
家族
- 外祖父・貫一(第6代広島市長)
- 父・得一(広島県医師会理事)
- 妹・和子(岸田正記の妻)
脚注
- “山口県史. 下巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2021年9月30日閲覧。
- “人事興信録. 2版(明41.6刊) - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2021年9月30日閲覧。
- “大衆人事録. 第12版 東京篇 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2021年9月30日閲覧。
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