小薗江邦雄
小薗江 邦雄(おそのえ くにお、1894年(明治27年)7月24日[1] - 1944年(昭和19年)5月20日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。功三級[2]
| 小薗江 邦雄 | |
|---|---|
| 生誕 |
1894年7月24日 |
| 死没 | 1944年5月20日(49歳没) |
| 所属組織 |
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| 軍歴 | 1915年 - 1944年 |
| 最終階級 |
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経歴
1894年(明治27年)に茨城県で生まれた[1]。陸軍士官学校第27期、陸軍大学校第38期卒業[1]。1938年(昭和13年)3月1日に陸軍歩兵大佐進級と同時に北支那方面軍高級副官に着任し[2]、日中戦争に出動[1]。1939年(昭和14年)6月1日に陸軍士官学校教官に転じ[2]、10月26日に陸軍士官学校生徒隊長を経て[2]、1940年(昭和15年)8月に近衛歩兵第2連隊長に就任した[2]。
1941年(昭和16年)8月25日に陸軍少将に進級し[2]、9月1日に第26歩兵団長(駐蒙軍・第26師団)に着任[1]。1942年(昭和17年)12月に第11軍参謀長に就任するが[1]、1944年(昭和19年)2月7日に陸軍航空総監部附となり[1]、第11軍参謀長時代の激務により[1]、5月20日に死去[1]。同日任陸軍中将[2]。
参考文献
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