小野寺公二
略歴
青森県生まれ[2]。後に父の郷里である岩手県胆沢郡胆沢町(現在の奥州市)へ転居し[3]、旧制一関中学校(現岩手県立一関第一高等学校)を卒業。東京の中央大学経済学部へ進学し、卒業した後に病気療養のため帰郷する。1954年(昭和29年)に「奥羽のキリスト」でデビューするが、以後しばらくは「田原耕二」名義で懸賞歌謡の作詞を中心に活動し1964年(昭和39年)に「岩手県民の歌」(作曲:中田喜直)が入選した。
作品リスト
※ 単行本の刊行順に記す。
- 滅びの果実 紅玉物語(1980年3月、時事通信社)
- 南部一揆の旗(1985年9月、三一書房、1995年2月、集英社文庫) ISBN 4-08-748284-7
- 算学武士道(1989年2月、文藝春秋、1994年1月、光文社文庫) ISBN 4-334-71831-0
- 幕末算法伝(1990年10月、講談社、1994年7月、光文社文庫) ISBN 4-334-71912-0
- 平泉落日(1992年11月、光文社文庫) ISBN 4-334-71617-2
- 新宿お取潰し(1993年6月、光文社文庫) ISBN 4-334-71718-7
- 賊軍の狙撃者(1997年8月、光文社文庫) ISBN 4-334-72455-8
脚注
- 「岩手県民の歌」の制定当時の新聞報道や、制定の経緯について知りたい。(国立国会図書館・レファレンス協同データベース)
- 『算学武士道』単行本掲載のプロフィールでは出生地を「岩手県」としている。
- 岩手日報・1999年10月16日付夕刊2面「胆沢町出身の作家・小野寺公二氏 一周忌に寄せて」。
関連項目
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