小野田町枝
人物
茨城県出身[1]。千葉県立佐原女子高等学校卒業後、日産自動車、トーメン、ブリヂストンに勤務[1]。その後、保険代理店を経営しながら、上智大学で聴講生として心理学を学ぶ[1]。
発言・主張
著書
- 『私は戦友になれたかしら―小野田寛郎とブラジルに命をかけた30年』清流出版 ISBN 978-4860290139, 2002/08.
脚注
- “働くということが人生にどれほどの実りをもたらすか。 私は若い世代に語り続けていきたい。”. 朝日新聞デジタル. (2004年8月30日) 2013年5月28日閲覧。
- “「日本女性の会」会長に小野田夫人=日本会議の女性団体=開拓30年の経験に期待=尾西兵庫会長=「しっかりした人」”. ニッケイ新聞. (2006年12月5日). オリジナルの2013年4月24日時点におけるアーカイブ。 2013年5月28日閲覧。
- オピニオン、日本会議、2010年3月20日
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