小野絢子

小野 絢子(おの あやこ、1986年 - )は、東京都出身のバレリーナである[1][2]。2007年に新国立劇場バレエ団に入団し、2011年からダンサーの最高位であるプリンシパルを務めている[2]

2011年5月18日、芸術選奨贈呈式にて(右)

経歴

1986年、父の赴任先であるニューヨークで生まれる[1]。1歳になる前に日本へ帰国し、以後東京で育つ[1][3]。4歳のとき、バレエを習っていた姉の影響で、自宅付近にあった小林紀子バレエアカデミーへ通い始める[4]。 小学生になってからは、同じく姉の影響で日本舞踊を習い始め、花柳千代に師事する[4]。中学生になると、バレエと日本舞踊の両立が難しくなり、日本舞踊を止めてバレエに専念するようになるが、この時点ではプロを目指していたわけではなかった[4]

英語科の高校に進学した小野は、2年生の時にアメリカへ短期留学し、初めて2ヶ月間バレエのない環境に身を置く[3]。このことがきっかけで、バレエを続けていきたいという意思を固め、プロのダンサーを志すようになった[3]。高校2年生の終わりに初めてバレエコンクールに出場する[5]。高校3年生のときにはフランスマルセイユへ短期留学を繰り返し、パトリック・アルモンに師事した[5]。2004年、イギリスの舞踊検定機関ロイヤル・アカデミー・オヴ・ダンスが主催するアデリン・ジェニー国際バレエコンクールで金賞を受賞する[3][6]

高校卒業後は、小林紀子バレエシアターの養成員となる[5]。2005年4月から2年間、新国立劇場バレエ研修所の第3期研修生として学ぶ[7]。研修修了後、新国立劇場バレエ団のオーディションに合格し、2007年9月にソリストとして入団した[8][9]

2008年2月、バレエ団のワシントン公演『ライモンダ』で初めてソロを踊る[1][3]。同年11月には、振付家デヴィッド・ビントレーによる新作バレエ『アラジン』で主役デビューを果たす[9]。入団から4年後の2011年、ダンサーの最高位であるプリンシパルに昇格した[10]

主なレパートリー

新国立劇場バレエ団での主なレパートリーは以下の通りである[2]

主な受賞歴

脚注

  1. “バレリーナ・小野絢子 入団1年で主役”. (2008年8月11日). https://www.asahi.com/showbiz/stage/theater/TKY200808110266.html 2022年5月22日閲覧。
  2. 小野絢子”. 新国立劇場. 2022年6月5日閲覧。
  3. 「小野絢子 純白のプリンセス」『ダンスマガジン』第18巻第13号、新書館、2008年12月1日、72頁。
  4. 小野寺悦子 (2014年2月3日). ダンサーズ・ヒストリー 新国立劇場バレエ団 小野絢子”. All About. 2022年6月5日閲覧。
  5. 小野寺悦子 (2014年2月3日). ダンサーズ・ヒストリー 新国立劇場バレエ団 小野絢子”. All About. 2022年6月5日閲覧。
  6. デブラ・クレイン、ジュディス・マックレル 著、鈴木晶赤尾雄人、海野敏、長野由紀 訳『オックスフォード バレエダンス事典』平凡社、2010年、597頁。ISBN 9784582125221。
  7. 卒業生の活躍”. 新国立劇場バレエ研修所. 2022年6月5日閲覧。
  8. 小野寺悦子 (2014年2月3日). ダンサーズ・ヒストリー 新国立劇場バレエ団 小野絢子”. All About. 2022年6月5日閲覧。
  9. 小野寺悦子 (2014年2月3日). ダンサーズ・ヒストリー 新国立劇場バレエ団 小野絢子”. All About. 2022年6月5日閲覧。
  10. 小野寺悦子 (2014年2月3日). ダンサーズ・ヒストリー 新国立劇場バレエ団 小野絢子”. All About. 2022年6月5日閲覧。
  11. 小野絢子、スワン新人賞受賞”. 新国立劇場 (2010年5月13日). 2022年6月5日閲覧。
  12. 服部智恵子賞受賞者”. 日本バレエ協会. 2022年6月5日閲覧。

外部リンク

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