尹賞 (蜀漢)
生涯
魏の天水郡において主簿を務めていた。建興6年(228年)、天水太守(『魏略』によると馬遵)と共に巡察に出ていたところ、蜀の諸葛亮が侵攻(北伐)し、諸県の住民が蜀に靡いたため、太守は郡の治所がある冀県に戻らず上邽に逃亡した。尹賞は梁緒や姜維とともに置き去りにされ、上邽や冀県への入城も拒否されたため、止むを得ず諸葛亮の下に出頭した。街亭の戦いで蜀軍が敗れた後も、姜維らとともにそのまま蜀に帰属し、執金吾まで昇ったが、姜維より先に死去したという。
小説『三国志演義』にも登場する。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.