山中寅文
山中 寅文(やまなか とらふみ、1926年 - 2003年1月6日)は、日本の林業技術者、東京大学農学部技官。森林文化協会技術顧問。橋本龍太郎ともに、名誉森林インストラクターの称号を持つ。鹿児島県大口市生まれ。
やまなか とらふみ 山中 寅文 | |
|---|---|
| 生誕 |
1926年??月??日 |
| 死没 | 2003年1月6日 |
| 死因 | 大腸癌 |
| 職業 | 林業技術者 |
| 肩書き | 東京大学技官 |
経歴
伊佐農林高校卒業。小石川植物園に長く勤め、近所に住む幸田文と親しかった。縄文杉を見せるため、彼女を背負っていったこともあるという[1]。1976年には彼女らとともに静岡県の大谷崩れを訪れ、そのときの体験が幸田文の「崩れ」に結実した[2]。
また、東京大学・東京女子大学の学生が活動した緑の会で相談役をつとめるなどした。当時の会員に、阿部守一(のち長野県知事)、牧元幸司(のち宮崎県副知事)らがいる。
著書・編書
脚注
- 緑窓会『山中寅文先生への手紙』2003年。
- 『幸田文全集』19巻月報
- 『現代物故者事典2003~2005』(日外アソシエーツ、2006年)p.637
関連項目
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