山本三郎 (会津藩士)
山本 三郎(やまもと さぶろう、嘉永元年(1848年) - 慶応4年1月16日(1868年2月9日))は、幕末期の会津藩士。山本覺馬、新島八重(旧姓:山本)の弟にあたる。
1848年、父・山本権八と母・佐久の三男として誕生。兄の覺馬とは20歳、姉の八重とは3歳、年が離れている。
1868年の鳥羽・伏見の戦いに会津藩諸生隊として参戦、この戦闘で銃弾を浴び、海路江戸へ搬送されるが、江戸の会津藩中屋敷で死去[1]。享年20。
脚注
- 好川之範『幕末のジャンヌ・ダルク新島八重』127-128p
- 好川150-151p
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.