山本源右衛門
山本 源右衛門(やまもと げんえもん、1888年(明治21年)3月8日[1] - 1947年(昭和22年)4月13日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功三級[2]。
| 山本 源右衛門 | |
|---|---|
| 生誕 |
1888年3月8日 |
| 死没 | 1947年4月13日(59歳没) |
| 所属組織 |
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| 軍歴 |
1908年 - 1940年 1941年 - 1945年 |
| 最終階級 |
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経歴
1888年(明治21年)に愛知県で生まれた[1]。陸軍士官学校第20期卒業[3]。1932年(昭和7年)8月に梨本宮守正王附武官に就任し[2]、1935年(昭和10年)3月に陸軍歩兵大佐に進級[2]。1937年(昭和12年)8月に歩兵第32連隊長に転じた[4]。
1938年(昭和13年)7月15日に陸軍少将に進級し[2]、歩兵第103旅団長(第2軍・第13師団)に着任[1][3]。上海戦線に出動し[3]、南京攻略戦、徐州会戦を連戦した[3]。武漢攻略戦では大別山系で苦戦[3]。ついで襄東会戦、宜昌作戦では師団主力として参加した[3]。1940年(昭和15年)8月1日に留守第2師団司令部附となり[1]、8月31日に予備役に編入された[1]。1941年(昭和16年)3月1日に召集され陸軍兵器本廠附となり[1]、1944年(昭和19年)2月10日に第4野戦補充隊長に就任した[1]。1945年(昭和20年)2月20日に第4野戦補充隊を基幹に編成された独立混成第90旅団長(第13軍)に就任し[3]、揚州で終戦を迎えた[3]。
参考文献
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