山本重政

山本 重政(やまもと しげまさ、1944年3月1日 - )は、兵庫県加東郡社町出身の元プロ野球選手投手)・コーチ

山本 重政
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県加東郡社町
生年月日 (1944-03-01) 1944年3月1日(80歳)
身長
体重
176 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1962年
初出場 1962年6月27日
最終出場 1976年8月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

来歴・人物

社高校では2年次の1960年夏の甲子園県予選2回戦で小野工を相手に毎回奪三振を記録して完全試合を達成。この頃から各球団のスカウトにマークされ、3年次の1961年夏の甲子園県予選では姫路工大付からノーヒットノーランを記録。卒業後は1962年立命館大学へ進学。関西六大学リーグでは1年次の同年春季でいきなり3勝を挙げ、新人ながらエース的存在となった。

別当薫監督自らが勧誘に乗り出したこともあり、同年に中退して近鉄バファローズへ入団。タフネスを身上とする速球派として活躍し、1年目から25試合に登板。2年目の1963年には開幕直後から先発の一角として起用され、徳久利明に次ぐ57試合に登板。リーグ最多の31先発を記録し9勝17敗、防御率3.63(リーグ13位)の成績を挙げた。1964年には自己最多の63試合に登板し、12勝13敗を記録する。1966年はチーム最多の57試合に登板したが、近鉄は3年連続最下位に沈み、リーグ最多の19敗を記録。このうちリリーフでの13敗はそれまでの日本プロ野球記録を更新している[1]。その後は目立った活躍ができず、1969年に自由契約となる。1970年阪神タイガースへ移籍すると、2種類のカーブを武器とした技巧派に転向し、主に中継ぎとして起用される。1971年は39試合に登板して防御率2.16という成績を残すが、1976年には登板機会が減少。1977年は現役登録であったが、登板は無く打撃投手を務め、同年限りで現役を引退。

引退後も阪神に留まり、二軍投手コーチ(1978年)→スコアラー(1979年 - 2002年)→企画調査担当(2003年 - 2007年)を歴任。スコアラー時代は投手の分析能力を高く評価され、江川卓阪神から巨人に入団した時は「江川徹底分析」をやり、大いに役立った[2]

阪神退団後は関西独立リーグ明石レッドソルジャーズコーチ(2009年)を経て、2012年よりクラブチーム・KC西宮の監督に就任し、その後はコーチを務めた。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1962 近鉄 25800025----.28626361.15862822602028263.771.40
1963 5735301917----.346911212.219829851916840104863.631.33
1964 63214101213----.480881206.12031279361544096793.451.37
1965 24822045----.44432476.17343313501041364.261.39
1966 579100819----.296793195.115514741051322072592.721.17
1967 28300002----.00028164.26382434321037334.571.35
1968 10200002----.00010122.0202130215101093.681.50
1969 4000000--------184.152000100449.001.15
1970 阪神 17000020----1.00014737.2253113333101192.130.96
1971 39000012----.33329075.15431715341019182.160.94
1972 25200011----.50019947.04032132231021203.831.30
1973 24000000--------15437.03521211180010102.431.27
1974 290000014--.00020548.03841934411018122.251.19
1975 200000100--1.00012028.0355610201018175.461.46
1976 20000000------81.230000100229.001.80
通算:15年 42488103140674--.37446951117.210059742232467822004914203.381.28
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

背番号

  • 12 (1962年 - 1969年)
  • 56 (1970年 - 同年途中)
  • 26 (1970年途中 - 1972年、2009年)
  • 35 (1973年 - 1976年)
  • 63 (1977年)
  • 79 (1978年)

脚注

  1. 日本野球連盟刊「日本プロ野球記録大百科2004第4版」343ページ
  2. 【虎のソナタ】74歳トラOBを大事にしないと - SANSPO.COM(サンスポ)

関連項目

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