山本陽子 (詩人)
略歴
1958年、女子美術大学付属高校に首席で入学[1]。1961年、日本大学芸術学部映画科に入学するが、1963年に中退。
1966年、同人雑誌『あぽりあ』創刊に参加。同誌に評論「神の孔は深淵の穴」発表。1967年、『あぽりあ』第2号に「よき・の・し」発表。1970年、後に代表作となる「遥るかする、するするながらIII」を『現代詩手帖』10月号に発表。1977年、詩集『青春-くらがり(1969…)』出版。これが生前に刊行した唯一の詩集となった。1984年、肝硬変により死去。享年41歳。
1989年、渡辺元彦の編集によって全集の刊行が開始され、1996年、第4巻の刊行をもって完結した。
著作
単行本
- 『青春 - くらがり(1969…)』吟遊社 1977[2]
- 『山本陽子遺稿詩集』坂井信夫、中村文昭編 1986
全集
- 『山本陽子全集』全4巻 渡辺元彦編 漉林書房 1989 - 1996
脚注
- “yamamoto youko's page”. 2021年5月15日閲覧。
- “山本陽子・参考文献”. 2024年5月1日閲覧。
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