山路酒造
山路酒造有限会社(やまじしゅぞう)は、滋賀県長浜市木之本町にある酒蔵(日本酒メーカー)。
![]() 主屋外観 | |
| 種類 | 特例有限会社 |
|---|---|
| 本社所在地 |
〒529-0425 滋賀県長浜市木之本町木之本990 |
| 設立 | 天文元年(1532年) |
| 業種 | 食料品 |
| 法人番号 | 7160002007384 |
| 事業内容 | 清酒製造 |
| 代表者 | 代表取締役 山路正 |
| 外部リンク | https://www.hokkokukaidou.com/ |
特色
日本酒(清酒)やクワの葉を用いたリキュールの桑酒を製造しており、日本酒の代表銘柄は「北国街道」[2]。かつては日本各地で桑酒が作られていたが、現在も桑酒を作っているのは山路酒造のみであるとされる[3]。
代表は山路正、女将は山路祐子。杜氏は能登杜氏の千場正行[2][4]。山路祐子は"ゆうこりん"の愛称で知られる人気ブロガーであり、ブログ「酒蔵女将奮闘日記」などで積極的な情報発信を行っている[4]。
歴史
創業
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創業は室町時代の天文元年(1532年)である[2]。日本酒の調査を行っているきた産業の喜多常夫[5]の調査によると、現存する日本の酒造会社としては茨城県の須藤本家(1141年以前創業)、秋田県の飛良泉本舗(1487年創業)、兵庫県の剣菱酒造(1505年創業)に次いで4番目に古いとされる[6]。2011年(平成23年)に帝国データバンク滋賀支店がまとめた調査によると、山路酒造は滋賀県で最も創業年が古い企業だった[7]。なお、木之本には天文3年(1534年)創業の冨田酒造もある。
歴史的に木之本は養蚕業が盛んであり、至る所でクワが栽培されていた[8][2]。天文年間(1532年~1555年)頃、山路家の祖先が「後園のクワを用いて酒をつくれ」との神託を受け、実際に作ってみたところ美味い桑酒ができたとする伝承が残っている[9][2]。慶長年間(1596年~1615年)、疲れ切った旅人が桑酒を飲んだところ元気になって京にたどり着けたという逸話がある[10]。
近世
木之本宿では元文4年(1739年)と延享元年(1744年)に大火が起こり、古文書が焼失したことから、これ以前の山路酒造の歴史は判然としないという[11]。江戸時代には主屋が木之本宿の脇本陣の役割を兼ねた[12][13]。文化13年(1816年)に前田土佐守家の当主が木之本宿に泊まった際、山路酒造から献上された桑酒を賞賛し、徳利2つ分の桑酒を取り寄せたとされる[2]。
銘柄



- 日本酒
- 北国街道
- 純米大吟醸
- 大吟醸
- 純米吟醸
- 純米吟醸しぼりたて
- 純米吟醸ひやおろし
- 純米酒
- 本醸造
- 湖音
- 純米吟醸
- 鳰自慢
- 上撰
- 佳撰
- 桑酒
- 化粧箱入り
- 瓶入り
- 徳利入り
- 源蔵徳利
- 瓢箪入り
脚注
- 山路酒造 文化遺産オンライン
- 湖北エリア 滋賀の酒
- 長浜の山路酒造が「桑酒じぇらーと」 15年越しに商品化 長浜経済新聞、2021年8月12日
- 滋賀の日本酒を愛する酔醸会『滋賀酒 近江の酒蔵めぐり』サンライズ出版、2018年、pp.10-11
- きた産業は酒のキャップの製造メーカーであり、ビールやワインの機材の輸入も手掛けている。
- 喜多常夫 18世紀までに創業して現在も醸造を継続する清酒・焼酎蔵元296社の創業年順リスト」きた産業、2017年8月
- 「明治以前の創業 県内企業は426社 帝国データ調べ」『中日新聞』2011年9月28日
- 『湖国と文化』びわ湖芸術文化財団、第77号、1996年
- 富田八右衛門『近江伊香郡志 中巻』江北図書館、1953年、pp.431-432
- 『文豪と暮らし 彼らが愛した物・食・場所』開発社、2017年、pp.54-55
- 「木之本町を歩く 重文『観音巡り』盛ん」『朝日新聞』2008年4月7日
- 「長浜・木之本宿に登録文化財続々 新たに2件、計6件に 市、町並み保存目指す」『朝日新聞』2020年11月21日
- 「国登録文化財に8件 文化審答申 旧木之本宿本陣主屋など」『読売新聞』2020年11月28日
- 「国登録有形文化財に8件 文化審が答申」『中日新聞』2020年11月21日
- 「桑酒とみりん粕 長浜・山路酒造」『中日新聞』2021年8月21日
- 「山路酒造で93年前の新聞」『滋賀夕刊』2020年6月11日
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