岐陽高校体罰死事件
岐陽高校体罰死事件(ぎようこうこうたいばつしじけん)は、1985年(昭和60年)5月9日[1]に茨城県筑波郡谷田部町(現在のつくば市)[1]で発生した、教員による体罰で岐阜県立岐陽高等学校の生徒が死亡した事件。
教師が生徒に暴行し死亡させた前代未聞の事件として注目された。
概要
事件までの経緯
岐陽高校では2年生は同年5月7日から3泊4日の日程で国際科学技術博覧会の見学も兼ねた修学旅行が行われた。この旅行の開始直後に後に加害者となる教員が、担任のクラスの生徒の1人が学校側に持参を固く禁じられているヘアーアイロンを持参しているのを発見し、取り上げる。翌々日朝には宿泊先で同じクラスの別の生徒がヘアードライヤーを使用しているところを発見され取り上げられた[1]。
同日の朝食後に担任は教員が使用する部屋に戻ったときに、同室で後に死亡する前記とは異なる生徒がヘアードライヤーを持参していたことで正座させられていた。生徒指導担当の教員と相談した上で、前記の生徒2人も呼び出し説諭することとした。そこで生徒指導教諭は正座させて厳しく叱責し平手で数回殴打した。この後に担任に「前任校はこんなものか」と問いただしたところ、担任は「自らも生徒に対して指導しなければ示しが付かない」と追い詰められた気持ちになり、体罰を行うようになった[1]。
参考文献
- NHK取材班と今橋盛勝『NHKおはようジャーナル 体罰』NHK出版、1986年 ISBN 978-4140085004
脚注
出典
- “水戸地方裁判所土浦支部 昭和60年(わ)177号 判決”. 大判例法学研究所. 2021年5月27日閲覧。
- 藤田秀雄「<論説>ユネスコ平和教育論とわが国の教育構造」『立正大学文学部論叢』第88号、立正大学文学部、1988年9月、89-103頁、CRID 1050282812573587200、hdl:11266/3914、ISSN 0485215X、2024年1月13日閲覧。
- “第102回国会 衆議院 文教委員会 第17号 昭和60年6月12日”. 国立国会図書館. 2021年5月27日閲覧。
関連項目
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