岡山寺
岡山寺(おかやまじ)は、岡山県岡山市北区にある天台宗の仏教寺院。山号は金光山(こんこうざん)。阿弥陀如来・千手観音・釈迦如来を本尊とする。中世以前は岡山城二の郭(現在の岡山市民会館近辺)にあった。
| 岡山寺 | |
|---|---|
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| 所在地 | 岡山県岡山市北区磨屋町5番5号 |
| 位置 | 北緯34度39分53.521秒 東経133度55分29.593秒 |
| 山号 | 金光山 |
| 宗派 | 天台宗 |
| 本尊 |
阿弥陀如来 千手観音 釈迦如来 |
| 創建年 | (伝)天平勝宝元年(749年) |
| 開基 | (伝)報恩大師 |
| 中興年 | (伝)天暦年間 |
| 中興 | (伝)信源上人 |
| 法人番号 | 2260005000331 |
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歴史
岡山寺の概要が詳しく書かれた寺伝「備陽記」によると、天平勝宝元年(749年)に報恩大師が勅命を奉じて四十八寺を開いた時、第二番として創立された。その後は荒廃したが、天暦年間には信源上人により中興した。また、もう一つの寺伝「岡山寺観世音由来記」によれば、から川(現:辛川)に当時横暴を働いていた野武士がおり、地中から千手観音を掘り出し、観音堂を建てたのが寺の開創という。
天文の頃には金光備前・金光宗高から格別の庇護を受け、宗高は比叡山から高僧を招くほどに気に入られたという。天正元年(1573年)に宇喜多直家が石山城に入城し城郭を修築する際、寺自体を城の西に移した。そして天正18年(1590年)には宇喜多秀家により山崎町へ、さらに慶長6年(1601年)には小早川秀秋により磨屋町に移された。慶安5年(1652年)、岡山寺と光珍寺の2寺に分割され、今日に至る。光珍寺は岡山寺のすぐ西、道路を挟んで向かい側に現存する。
昭和20年(1945年)6月29日の岡山空襲の時、本堂や如来堂、三王堂、客殿、庫裡が全焼し、残ったのは本尊ほか僅かばかりのものだけである。現在の堂宇は戦後のものである。
外部リンク
- 岡山寺の戦前の配置図 - ウェイバックマシン(2016年11月8日アーカイブ分)
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