岡崎商工会議所

岡崎商工会議所(おかざきしょうこうかいぎしょ、英語: Okazaki Chamber of Commerce and Industry)は、主に愛知県岡崎市内において営業している商工業者・団体で運営されている商工会議所

岡崎商工会議所
岡崎商工会議所ビル
設立 1892年明治25年)11月15日
法人番号 1180305000908
法的地位 商工会議所法に基づく
本部 愛知県岡崎市竜美南1-2
座標 北緯34度56分18.8秒 東経137度10分2.35秒
会員数
4,409 (2016年11月現在)
会頭 大林市郎
予算 5億8,333万9千円(2014年度)[1]
職員数
33名
ウェブサイト 公式サイト
かつての呼び名
岡崎商業会議所

概要

岡崎貯金銀行や岡崎銀行を設立した5代目深田三太夫が発起人の一人として設立に尽力。1892年明治25年)11月15日に岡崎商業会議所として農商務大臣の認可が下りた[2]。設立は全国で16番目、県下では名古屋に次いで2番目であった。2016年平成28年)11月時点の会員数は、4,409[3]

なお市内には、商工会法に基づく二つの商工会がある。旧碧海郡六ツ美町区域を管轄とする「岡崎市六ツ美商工会」(1960年昭和35年)12月設立認可[4])と、旧額田町区域を管轄とする「岡崎市ぬかた商工会」(1961年(昭和36年)1月24日設立認可[5])である。

沿革

1892年明治25年)11月15日岡崎商業会議所として設立認可される。
1928年昭和03年)03月15日岡崎商工会議所に改称。5月31日に認可される。
1934年(昭和09年)03月11日外郭団体である「岡崎観光協会」を設立。
1942年(昭和17年)10月25日六地蔵町に建設された新庁舎の落成式が挙行される。
1943年(昭和18年)10月01日愛知県商工経済会岡崎支部に改組。
1945年(昭和20年)07月20日空襲により所舎が焼失。
1946年(昭和21年)10月10日社団法人岡崎商工会議所を再発足。
1948年(昭和23年)07月01日外郭団体「岡崎観光協会」を再発足。
1950年(昭和25年)10月25日伝馬町(現・伝馬通1丁目)の旧岡崎銀行本店の外部を生かし、新築移転[6][7]
1950年(昭和25年)12月20日外郭団体「岡崎法人会」を設立。
1952年(昭和27年)11月06日外郭団体「岡崎地方機械金属工業協会」を設立(「岡崎鉄工会協同組合」の前身)。
1963年(昭和38年)04月01日市、県との共催による「岡崎博―花と産業科学大博覧会」を開催。
1976年(昭和51年)11月08日明大寺町兎ヶ入18(現・竜美南1-2)に新築移転[8]
1979年(昭和54年)04月02日岡崎市内ニット業界連鎖倒産防止対策実施[注 1]
1987年(昭和62年)03月21日市との共催による「葵博―岡崎 '87」を開催。
1988年(昭和63年)10月17日株式会社岡崎情報開発センターを、市、民間企業と共同出資で設立。
1989年平成元年)03月01日岡崎商工会議所青年部を設立[注 2]
1990年(平成02年)04月16日岡崎商工会議所婦人会を設立[注 3]
1994年(平成06年)07月26日中心市街地活性化研究会を設置。
2000年(平成12年)07月12日「21世紀を創る会・みかわ」が特定非営利活動法人(NPO法人)の認証を取得。
2008年(平成20年)02月14日「第1回ものづくり岡崎フェア2008」開幕。
2013年(平成25年)04月01日岡崎商工会議所内に「岡崎活性化本部」を設置[12]
2013年(平成25年)10月01日市との共同運営により「岡崎ビジネスサポートセンター」(通称OKa-Biz)を開設[13]
2018年(平成30年)03月31日岡崎市観光協会の一般社団法人化に伴い、「岡崎活性化本部」は解散[14]

ギャラリー

役員

2022年令和3年)11月1日現在[15]

役職氏名就任日所属
会頭大林市郎2016年(平成28年)11月1日岡崎信用金庫会長
副会頭小原睦2010年(平成22年)11月1日小原建設取締役社長
副会頭太田健介2016年(平成28年)11月1日太田油脂代表取締役社長
副会頭河合潤2022年(令和4年)11月1日河合経営経理研究所代表取締役社長
副会頭早川久右衛門2019年(令和元年)11月1日合資会社八丁味噌代表社員
専務理事山中賢一2016年(平成28年)11月1日岡崎商工会議所

歴代会頭

氏名就任日退任日
深田三太夫(五代)1892年(明治25年)11月15日1893年(明治26年)03月28日
初代今井磯一郎1893年(明治26年)04月04日1895年(明治28年)03月19日
2代小野権右衛門1895年(明治28年)03月19日1897年(明治30年)03月29日
3代深田三太夫(五代)1897年(明治30年)03月29日1899年(明治32年)10月13日
4代小野権右衛門1899年(明治32年)10月13日1905年(明治38年)06月15日
5代加藤賢治郎1905年(明治38年)06月15日1908年(明治41年)03月24日
6代中根与七1908年(明治41年)03月24日1911年(明治44年)04月18日
7代深田三太夫(六代)1911年(明治44年)04月18日1917年(大正06年)04月25日
8代千賀千太郎1917年(大正06年)04月25日1925年(大正14年)01月25日
9代深田三太夫(六代)1925年(大正14年)04月29日1929年(昭和04年)04月19日
10代千賀千太郎1929年(昭和04年)04月19日1933年(昭和08年)04月21日
11代近藤重三郎1933年(昭和08年)04月21日1941年(昭和16年)04月07日
12代鳥居吉造[注 4]1941年(昭和16年)04月07日1943年(昭和18年)09月30日
1943年(昭和18年)10月01日1946年(昭和21年)08月30日
13代1946年(昭和21年)10月12日1947年(昭和22年)03月27日
14代千賀千太郎1947年(昭和22年)05月13日1947年(昭和22年)11月24日
15代田口宗平1947年(昭和22年)12月11日1961年(昭和36年)03月31日
16代早川久右エ門1961年(昭和36年)04月01日1970年(昭和45年)03月31日
17代都築貞一1970年(昭和45年)04月01日1973年(昭和48年)03月31日
18代服部敏郎1973年(昭和48年)04月01日1982年(昭和57年)03月31日
19代澤田弘武1982年(昭和57年)04月01日1985年(昭和60年)03月31日
20代服部國男1985年(昭和60年)04月01日1991年(平成03年)03月31日
21代小原守1991年(平成03年)04月01日1994年(平成06年)03月31日
22代大川博美1994年(平成06年)04月01日2004年(平成16年)10月31日
23代伊藤公正[注 5]2004年(平成16年)11月01日2010年(平成22年)10月31日
24代古澤武雄[注 6]2010年(平成22年)11月01日2016年(平成28年)10月31日
25代大林市郎2016年(平成28年)11月01日現職

脚注

注釈

  1. 1975年8月、染色業者ら33社が参加して、出資金1億円で三友ニット協業組合が結成された。繊維工業構造改善臨時措置法の適用の下、国と県から1975年度~78年度にわたり低金利で5億6千万円の融資を受け、商品開発センターなどを建設した。ところが石油危機以降の不況、暖冬などの影響により財政危機に陥る。理事長、副理事長、理事の3人は、組合員でない鹿児島県木野市の興南ニットが経営不振で回収の見込みがないと知りながら、1978年3月から無担保で総額約3億円にのぼる融通手形を乱発した。同社の倒産等により、三友ニット協業組合は総額約56億円の負債を抱え1979年4月に倒産した[9]。33社の組合員だけでなく約200社の下請企業が影響を受けた[10]。1980年2月13日、前述の理事長、副理事長、理事は背任の疑いで逮捕された[9]。さらに同年4月28日、組合の倒産にからみ、協和染色社長が中小企業振興事業団から繊維工業改善資金3,700万円をだまし取った容疑で逮捕された[11]
  2. 岡崎商工会議所青年部の2015年6月10日時点の会員数は、214名。
  3. 婦人会は現在の女性部。2015年3月時点の会員数は、86名。
  4. 1943年10月1日から1946年までの間、岡崎商工会議所は愛知県商工経済会岡崎支部となった。
  5. 1960年4月、伊藤鉱平は岡崎市伊賀町にポリエステル線製造の富士電線電器(現・富士ファイン)を創業。1976年、息子の伊藤公正が社長に就任[16]。当時、超極細線は西ドイツが国際マーケットでかなりのシェアを占めていたが、伊藤公正は単身渡米し、輸出の道を拓いた。1981年9月、日名西町に本社移転。超極細線専門メーカーとして急成長した[16][17]。2014年、内田康宏市長(当時)が政治団体「未来都市政策調査会」を設立すると、伊藤は会長に就任した[18][19]
  6. 1939年3月、古澤静と弟の古澤正男は名古屋市中区向田町に古澤レンズ工場(現・東海光学)を創業[20]。一族の古澤武雄は1983年に代表取締役社長に就任し、2009年に代表取締役会長に就任した[21]。2010年から2016年まで岡崎商工会議所会頭を務め、2017年、内田康宏市長の資金管理団体「康友会」(政治資金規正法上の代表は内田[22])の会長に就任した[23][19]。また、2020年の市長選挙に際しては、内田の別の政治団体「内田やすひろ後援会」「未来都市政策調査会」などに多額の献金を行った[24][25]

出典

  1. 平成26年度事業計画・収支予算 | 岡崎商工会議所
  2. 『岡崎の人物史』岡崎の人物史編集委員会、1979年1月5日、168-170頁。
  3. 岡崎商工会議所の概要
  4. 岡崎市六ツ美商工会 - 歴史 文化 観光施設 六ツ美って?
  5. 岡崎市ぬかた商工会 - ぬかた商工会のご案内
  6. 『新編 岡崎市史 総集編 20』新編岡崎市史編さん委員会、1993年3月15日、504頁。
  7. 岡崎信用金庫資料館|岡崎信用金庫HOME
  8. 愛知新聞』1976年11月9日、1面、「新会館で業務を始める 新築の岡崎商工会議所 服部敏郎会頭が職員に開館あいさつ」。
  9. 『東海愛知新聞』1980年2月14日、2面、「元理事長ら三人を逮捕 倒産の三友ニット協組 非組合員へ不正融資 岡崎署」。
  10. 『新編 岡崎市史 総集編 20』新編岡崎市史編さん委員会、1993年3月15日、177頁。
  11. 木村伊量「全容 無謀の構図 (30) 事情聴取 内田疑惑に捜査肉薄 三友ニット事件の陰で」 『朝日新聞』1980年11月29日付朝刊、三河版西。
  12. “岡崎活性化本部 概要発表 観光・文化・経済官民連携で振興”. 東海愛知新聞. (2013年5月10日). http://www.fmokazaki.jp/tokai/130510.html 2014年7月21日閲覧。
  13. 竹内雅紀 (2013年10月2日). “りぶらに中小企業の相談拠点 岡崎市と商議所連携 販路拡大や経営支援”. 東海愛知新聞. http://www.fmokazaki.jp/tokai/131002.html 2018年12月20日閲覧。
  14. 『東海愛知新聞』2018年3月31日、1面、「活性化本部5年で幕 岡崎 公民連携ノウハウ観光協会へ」。
  15. “大林会頭3期目突入 岡崎商工会議所が役員改選 新副会頭に河合氏選任”. 東海愛知新聞. (2022年11月2日). http://fm-egao.jp/tokai/221102.php 2022年11月3日閲覧。
  16. 『東海愛知新聞』1980年3月26日、1面、「企業めぐり 富士電線機器株式会社 伊藤公正社長」。
  17. 会社概要・沿革”. 富士ファイン株式会社. 2021年5月14日閲覧。
  18. 政治資金収支報告書 未来都市政策調査会(令和4年分 定期公表)”. 愛知県選挙管理委員会 (2023年11月28日). 2023年11月28日閲覧。
  19. 『夢ある新しい岡崎へ』出版のお知らせ”. 内田康宏のブログ (2018年11月14日). 2021年5月14日閲覧。
  20. 80周年社史『東海光学誕生』”. 東海光学株式会社. 2021年5月14日閲覧。
  21. 古澤武雄『人を創って夢を実現する』中部経済新聞社、2018年10月。ISBN 978-4885202179。
  22. 政治資金収支報告書 康友会(令和4年分 定期公表)”. 愛知県選挙管理委員会 (2023年11月28日). 2023年11月28日閲覧。
  23. 政治資金収支報告書 康友会(平成29年分 定期公表)”. 愛知県選挙管理委員会 (2018年11月28日). 2020年6月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月5日閲覧。
  24. 政治資金収支報告書 内田やすひろ後援会(令和2年分 定期公表)”. 愛知県選挙管理委員会 (2021年11月29日). 2021年11月29日閲覧。
  25. 政治資金収支報告書 未来都市政策調査会(令和2年分 定期公表)”. 愛知県選挙管理委員会 (2021年11月29日). 2021年11月29日閲覧。

参考文献

関連項目

外部リンク

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