岩倉卯門
岩倉 卯門(いわくら しげかど、1887年(明治20年)2月18日[1] - 1968年(昭和43年)8月21日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。功四級[2]
| 岩倉 卯門 | |
|---|---|
| 生誕 |
1887年2月18日 |
| 死没 | 1968年8月21日(81歳没) |
| 所属組織 |
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| 軍歴 | 1908年 - 1940年 |
| 最終階級 |
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経歴
1887年(明治20年)に福井県で生まれた[1]。陸軍士官学校第20期卒業[1]。1934年(昭和9年)8月に陸地測量部三角科長に就任し[2]、1935年(昭和10年)3月に陸軍工兵大佐に進級した[2]。1936年(昭和11年)8月には工兵第14連隊長に転じた[2]。1938年(昭和13年)7月15日に陸軍少将進級と同時に対馬要塞司令官に着任[1][2]。1940年(昭和15年)8月1日に待命[1]、8月31日に予備役に編入された[1]。
参考文献
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