岩崎琢弥
来歴・人物
北海道小樽市出身[1][2]。松本高等学校文科を経て[1]、1954年に東京大学法学部政治学科を卒業し、同年に日興証券に入社[1][2]。1979年12月に取締役に就任し、1981年9月に常務、1984年11月に専務、1985年11月に副社長を経て、1986年12月に社長に就任[1][2]。大口投資家への損失補てんによる責任を取る形で社長を辞任し、1991年6月に副会長に退き、1996年6月に会長を経て、1997年10月から顧問を務めた[2][3]。
旧制松本高等学校時代にサッカー部であったことから、社長時代の1990年に同社の女子サッカーチーム「日興證券女子サッカー部ドリームレディース」の結成に関わった[1]。
脚注
- 北海道新聞、1989年12月22日朝刊全道4頁 「<交差点> 女子サッカー部もやるからには勝つ-日興証券の岩崎琢弥社長」
- 興信データ株式會社 2003, い295頁.
- 13章 バブルのうみ、次々-ビジュアル年表(戦後70年):朝日新聞デジタル
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