岩田富美夫
略歴
1915年(大正4年)に日本大学を中退し、陸軍の特務機関の下で諜報活動を行うため、中国の山東省に渡る。
上海で北一輝と知り合い、その子分となる。北と共に帰国し、国家主義運動に従事。
1920年(大正9年)4月 実業家 辻嘉六の協力のもと荒巻退助、樋口喜八郎、中村浩太らと共に大化会を結成し[1]、その年の暮れには大杉栄の遺骨を強奪している。
1933年(昭和8年)12月、内妻であった松下南枝子が死去。追善麻雀を開帳して、1934年(昭和9年)3月に参加していた文壇や画壇の名士らとともに警視庁に検挙される[2]。
脚注
注釈
出典
- 朝治武 2013, p. 242.
- 東郷青児、福田蘭童らも留置『東京朝日新聞』昭和9年3月17日(『昭和ニュース事典第4巻 昭和8年-昭和9年』本編p614-615 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
参考文献
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