島崎京子
経歴
- 白樺学園高等学校卒業後、三協精機(現・日本電産サンキョー)スケート部に入部。入部1年目で日本女子選手初となるワールドカップ500m総合優勝を果たした。
- 1992年アルベールビルオリンピックで500m7位入賞、1000m18位。1994年リレハンメルオリンピックで500m10位、1000m18位。1998年長野オリンピックでの500mでは、1本目で4位につけたものの2本目は5位に留まり、総合5位入賞を果たしたものの、期待されたメダル獲得は惜しくもならなかった。1000mは22位に終わり、長野五輪を最後に現役を引退した。
- フジテレビ[2]で放送されたバンクーバーオリンピックスピードスケート日本代表選考会中継では、現姓の杉山京子として堀井学とともに解説者を務めた。
- 小学校時代の髙木美帆にスケートを教えたことがある[3]。
備考
- 長野オリンピックの競技終了後、インタビューを行おうとした島村俊治(当時NHKアナウンサー)の前を悔しさのあまり無言で通り過ぎたというエピソードがあるが、後日民放のテレビ番組出演の際、ディレクターを通じ謝罪をしている。(島村の所属するニューヴォイス嶋村プロのサイトより。)
参照
- 十勝毎日新聞社2007年10月18日付記事 「世界に駆ける 白樺学園高創立50周年<中>」
- CS放送のフジテレビONEでも放送された。
- 朝日新聞(2010年2月11日)
外部リンク
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