崔恵妃
経歴
籍貫は畿内左道の水原府。中軍副司正崔得霏の娘として生まれた。
永楽6年(1408年)、明に献上されて後宮に入り、美人となった。父の崔得霏は明の五品鴻臚少卿に任じられた。
永楽19年(1421年)、永楽帝が後宮の者たちの大量処刑を行った際、南京で療養中のため巻き込まれずにすんだ。永楽22年7月18日(1424年8月12日)、永楽帝の崩御により崔氏は殉死を命じられ、康靖荘和恵妃の諡号が贈られた。
伝記資料
- 『明成祖実録』
- 『朝鮮王朝実録』
脚注
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