崔聚
生涯
1399年(建文元年)、燕王朱棣の起兵に従った。1410年(永楽8年)、永楽帝(朱棣)の漠北遠征に従軍し、広漠戍で敵を破った。1420年(永楽18年)、紫荊関を守備した[1]。永楽年間に河南都指揮僉事となった[2]。1425年(洪熙元年)、左軍都督僉事に累進した。1426年(宣徳元年)冬、柳升が黎利を討つべく遠征軍を発すると、崔聚は参将として従軍した。1427年(宣徳2年)9月、柳升が倒馬坡で敗死すると、崔聚は昌江で戦って敗れ捕らえられた。崔聚は屈服せず死んだ。
脚注
- 談遷『国榷』巻17
- 『河南通志』巻54
参考文献
- 『明史』巻154 列伝第42
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