平取事件

平取事件(びらとりじけん)とは、1979年(昭和54年)7月18日北海道沙流郡平取町振内町で発生した殺人事件。男O(事件当時35歳)がライフル銃を発砲し幼児を含む一家4人を殺害した。

事件概要

事件当日夜、犯人Oは被害者宅を訪れ、被害者Aから買い入れた狐毛皮代金支払いの猶予を求めたが、Aが暴力団と関係があり、かつ厳しく詰めてきた上、Aに貸し出すためOが持参した22口径自動式ライフル銃をAがOの胸元で振り回したため恐怖感にかられ、ライフル銃を奪いAの頭部を1発撃ち、続けてAの妻B、Aの子C(当時2歳)それぞれの頭部を1発ずつ撃った。Oは2階に上がり、逃げようとしたAの子Dの頭部を1発撃った。その後、倒れた4人全員の頭部にAとBには2発ずつ、CとDには1発ずつ撃ち込み殺害した[1][2]

捜査

捜査本部は事件直後から犯人Oを被疑者の1人としていたが、物的証拠が無く捜査は難航する。1980年9月末、別事件の犯人の供述から、事件前にOがライフル銃の試射や密猟のために撃った薬莢・弾丸を発見し、犯行現場に残された物と同じ製品かつ、同じ銃から発射された物と特定。事件から1年4ヶ月後の1980年11月15日朝にOを逮捕した[3][4]

犯人Oはライフル銃を洞爺湖に捨てたと供述したが、警察の捜索では発見されなかった。

犯行に使われたのはウェザビー社製22口径自動式ライフル銃(22ロングライフル弾)とされている。事件当時既に22口径ライフル銃での狩猟は違法であったが、Oが密猟のため違法に所持していた。

裁判・獄死

凶器が見つかっておらず、現場にOが居た物的証拠も無いこと等から独自に弁護団が作られたが、被告人Oは裁判で供述を拒否し、1984年3月23日、札幌地方裁判所(安藤正博裁判長)にて死刑判決[5]

量刑不当で控訴するも、1987年5月19日、札幌高等裁判所(水谷富茂人裁判長)にて被告Oの控訴棄却の判決[6]

1993年12月10日、最高裁判所第三小法廷大野正男裁判長)にて被告Oの上告棄却の判決[1][7]。21日に死刑確定者(死刑囚)となった。

1999年11月8日午前9時半ごろ、収監先の札幌拘置支所の浴槽内にて、安全剃刀の刃を抜き取り右首の静脈と左手首を切り自殺した(55歳没)[8]

関連書籍

  • 佐野洋『静かすぎる被告人』光文社、1985年。ISBN 9784334970390

脚注

  1. 最高裁判所判例集 事件番号 昭和62(あ)1062 (PDF). 裁判所. 2024年1月11日閲覧。
  2. 『静かすぎる被告人』光文社、1985年11月1日 1985。
  3. 『読売新聞』1980年11月15日夕刊10頁「はく製業者逮捕 北海道の一家4人射殺事件 16か月ぶり解決」
  4. 『朝日新聞』1980年11月15日東京版夕刊13頁「一家射殺犯を逮捕 はく製業者、銃から足」
  5. 『朝日新聞』1984年3月23日東京版夕刊19頁「一家4人殺し「死刑」平取事件に札幌地裁判決 無罪論を退ける」
  6. 『毎日新聞』1987年5月19日東京夕刊8頁「北海道の一家四人殺しの控訴を棄却」
  7. 『毎日新聞』1993年12月11日東京朝刊23頁「上告を棄却、死刑確定 北海道の一家4人射殺」
  8. 『毎日新聞』1999年11月9日東京朝刊26頁「「平取事件」の死刑囚が自殺 札幌拘置支所」
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.